初耳ミスタゴジー ∞ Mysterious Mystagogy
2010年 01月 17日
年間第二主日
第9回百日連続共同祈願ミサ 17/100/9
今日は、司祭不在のときの主日の集会祭儀に与りました。
司祭の手を通して聖霊によって
地上のパンとぶどう酒が天のパン、イエス・キリストの現存に変わるという神秘、
エウカリスチアを目の前で体験することのすばらしさを
今日はその不在によって再認識しつつ、
ミサと同じように聖書のみ言葉に耳を傾け、
よく準備された司式者のみ言葉の分かち合いを聞き、
ご聖体を拝領し、
共同祈願を捧げる恵みに与り、「神に感謝」のひと時でした。
集会祭儀終了後、
「この言葉の意味が分かったら教えてください」
と年配の女性から声をかけられました。
メモ用紙には次のようなカタカナ言葉が書いてありました。
ウェブサイト
カテキズム カテケージス
レクチオ・ディヴィナ
ミスタゴジー的
メッセージ
どれもある神父様の文章に出てきた言葉だそうです。
「私は脳梗塞を患ってからますます物覚えが悪くなって…」とおっしゃりながらも
信仰成長のためになおも向学心に燃えるこのおばあちゃまに脱帽。
他の信者さんたちとワイワイ言いながら説明を試みました。
その時には以下のように説明しました。
ウェブサイト=パソコンや携帯電話のインターネット(ここまでは理解していただけたようです)で
情報を見ることのできる場所。ホームページとも言う。
カテキズム=公教要理。カテケージスも同じ意味。
レクチオ・ディヴィナ=「聖なる読書」という意味で、聖書を読んで祈る伝統的な黙想方法。
今のパパ様ベネディクト16世も推奨している。
メッセージ=伝えたい大切なこと。
ミスタゴジー=???
「ミスタ」はたぶんミステリー(神秘)に関連があり、「ゴジー」は「教える」に関連がある、
と推測しましたが、カトリック信者生活30年、神学修士号取得の私も
初めて耳にする(あるいはとっくに忘れている)言葉。
つづりはmystagogy かmystegogyだろうと考え、
その場にいた信者さんたちと携帯電話の辞書を調べたり
インターネットで検索してみましたが、うまく出てきません。
次回お会いする時まで調べておきます、と約束して
帰宅後すぐにPCのインターネットであれこれ検索しました。
まず、間違いを発見。
カテキズム(catechism)は「公教要理」ですが、
似ているカテケージス(catechesis)は「公教要理教育」でした。
どちらもギリシア語の「口頭で教える」という語源から派生したようです。
で、謎のミスタゴジー。
「ミスタゴジー」で検索しても今一つ意味が把握できません。
天下のオックスフォードとケンブリッジ両オンライン辞典にならあるだろうと検索したら、
なんと検索結果数、ゼロ。うっそぉ~
灯台もと暗しでいつも翻訳の際参考にしているアルクのオンライン辞典で調べたところ、
ありました!
「秘法の伝授」。
これは神秘主義的宗教全般に使われる場合だろうと推定、
もう少しキリスト教限定の意味があるのではないかと
辞書以外でも検索してみたところ、やっと全貌が見えてきました。
ミスタゴジー、mystagogy(英語)。
ミスタゴギア、ミュスタゴギア(ギリシア語)とも表記される。
キリスト教では、新受洗者が入信直後に信仰生活について教えを受ける期間。
詳しい史実は調べていませんが、
聖アンブロジオがミラノの司教だった4世紀後半、
成人の入信はまず求道期(3年くらい)を経て
洗礼志願期(四旬節の46日間)に入り、
復活徹夜祭で洗礼を受け、
復活節(復活の主日から聖霊降臨の主日までの50日間)に
司教(秘儀の伝授者、ミスタゴーグ、mystagogue)から
特別に教えを受けたのだそうです。
歴史用語かと思いきや、
第二バチカン公会議以降米国で成人洗礼のスタンダードとなっている
Rite of Christian Initiation of Adults(『成人のキリスト教入信式』)には
ちゃんと洗礼後の要理教育期間としてmystagogyという用語が使われていました。
私自身は1979年4月15日、復活の主日に洗礼を受け、
翌日曜日から8週間初台教会で受けた聖霊生活セミナーが
実質ミスタゴジーだった、と
改めて聖霊の導きに感謝です。
写真は教会から帰宅途中にある沼に越冬ではなく定住している白鳥。
夕陽のちょうど向こうに富士山がそびえています。
第9回百日連続共同祈願ミサ 17/100/9
今日は、司祭不在のときの主日の集会祭儀に与りました。
司祭の手を通して聖霊によって
地上のパンとぶどう酒が天のパン、イエス・キリストの現存に変わるという神秘、
エウカリスチアを目の前で体験することのすばらしさを
今日はその不在によって再認識しつつ、
ミサと同じように聖書のみ言葉に耳を傾け、
よく準備された司式者のみ言葉の分かち合いを聞き、
ご聖体を拝領し、
共同祈願を捧げる恵みに与り、「神に感謝」のひと時でした。
集会祭儀終了後、
「この言葉の意味が分かったら教えてください」
と年配の女性から声をかけられました。
メモ用紙には次のようなカタカナ言葉が書いてありました。
ウェブサイト
カテキズム カテケージス
レクチオ・ディヴィナ
ミスタゴジー的
メッセージ
どれもある神父様の文章に出てきた言葉だそうです。
「私は脳梗塞を患ってからますます物覚えが悪くなって…」とおっしゃりながらも
信仰成長のためになおも向学心に燃えるこのおばあちゃまに脱帽。
他の信者さんたちとワイワイ言いながら説明を試みました。
その時には以下のように説明しました。
ウェブサイト=パソコンや携帯電話のインターネット(ここまでは理解していただけたようです)で
情報を見ることのできる場所。ホームページとも言う。
カテキズム=公教要理。カテケージスも同じ意味。
レクチオ・ディヴィナ=「聖なる読書」という意味で、聖書を読んで祈る伝統的な黙想方法。
今のパパ様ベネディクト16世も推奨している。
メッセージ=伝えたい大切なこと。
ミスタゴジー=???
「ミスタ」はたぶんミステリー(神秘)に関連があり、「ゴジー」は「教える」に関連がある、
と推測しましたが、カトリック信者生活30年、神学修士号取得の私も
初めて耳にする(あるいはとっくに忘れている)言葉。
つづりはmystagogy かmystegogyだろうと考え、
その場にいた信者さんたちと携帯電話の辞書を調べたり
インターネットで検索してみましたが、うまく出てきません。
次回お会いする時まで調べておきます、と約束して
帰宅後すぐにPCのインターネットであれこれ検索しました。
まず、間違いを発見。
カテキズム(catechism)は「公教要理」ですが、
似ているカテケージス(catechesis)は「公教要理教育」でした。
どちらもギリシア語の「口頭で教える」という語源から派生したようです。
で、謎のミスタゴジー。
「ミスタゴジー」で検索しても今一つ意味が把握できません。
天下のオックスフォードとケンブリッジ両オンライン辞典にならあるだろうと検索したら、
なんと検索結果数、ゼロ。うっそぉ~
灯台もと暗しでいつも翻訳の際参考にしているアルクのオンライン辞典で調べたところ、
ありました!
「秘法の伝授」。
これは神秘主義的宗教全般に使われる場合だろうと推定、
もう少しキリスト教限定の意味があるのではないかと
辞書以外でも検索してみたところ、やっと全貌が見えてきました。
ミスタゴジー、mystagogy(英語)。
ミスタゴギア、ミュスタゴギア(ギリシア語)とも表記される。
キリスト教では、新受洗者が入信直後に信仰生活について教えを受ける期間。
詳しい史実は調べていませんが、
聖アンブロジオがミラノの司教だった4世紀後半、
成人の入信はまず求道期(3年くらい)を経て
洗礼志願期(四旬節の46日間)に入り、
復活徹夜祭で洗礼を受け、
復活節(復活の主日から聖霊降臨の主日までの50日間)に
司教(秘儀の伝授者、ミスタゴーグ、mystagogue)から
特別に教えを受けたのだそうです。
歴史用語かと思いきや、
第二バチカン公会議以降米国で成人洗礼のスタンダードとなっている
Rite of Christian Initiation of Adults(『成人のキリスト教入信式』)には
ちゃんと洗礼後の要理教育期間としてmystagogyという用語が使われていました。
私自身は1979年4月15日、復活の主日に洗礼を受け、
翌日曜日から8週間初台教会で受けた聖霊生活セミナーが
実質ミスタゴジーだった、と
改めて聖霊の導きに感謝です。
写真は教会から帰宅途中にある沼に越冬ではなく定住している白鳥。
夕陽のちょうど向こうに富士山がそびえています。
by lumenchristi
| 2010-01-17 23:30