***輝け主の栄光***Shine, Jesus, Shine


by lumenchristi
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大天使 聖ミカエル 聖ガブリエル 聖ラファエル
第11回百日連続共同祈願 15/100

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独身の頃は、霊名祝日=回心記念日の9月29日は何か特別なことをしなければ、
という思いが強く、ミサに与れる環境にあればミサに与り、
ケーキを食べたりビールやワインを飲んだりしたものでした。

今は、今日世界中のミサで朗読される同じ御言葉を自宅で読み、祈ることで
日常生活に祝福がにじみ出るような気がしています。

毎年忘れずに「おめでとうメール」を送ってくれるTちゃん、今年もありがとう。

私の霊名の大天使、ミカエルは、ヘブライ語で
"Who is like God?"(誰か神のようであろうか?)という意味だそうです。

以前から欲しいと思っていた賛美のCD、今月購入しました。
歌っているのは米国のレニー・ルブラン(Lenny LeBlanc)。
10年くらい前にドン・モーエン(Don Moen)が来日して
ワーシップ・コンサートを行ったとき、バンドの一人だったミュージシャンです。
彼はクリスチャンになる前、1977~78年に、ルブラン&カーという男性デュオで
"Falling"という美しいラブソングを大ヒットさせました。私も大好きな曲でした。
ドンがレニーを紹介する際このことに触れると、
レニーはすかさずサビの部分をクリスチャン・バージョンにして歌ってくれました。
"Oh I'm falling, oh I'm falling, I'm falling in love with you, JESUS~"って。

その後に歌ってくれたのが、"There is none like you."
心の奥底にまでしみとおる美しいメロディーと歌詞と歌声でした。

神の御前に立ち上るかぐわしい香りのように、
今日はこのCDを聞きながら家事を賛美のいけにえに変えました。
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by lumenchristi | 2010-09-29 21:00

病者の塗油

年間第24主日
第11回百日連続共同祈願 05/100

今日は主日のミサで敬老の日にちなんで、病者の塗油の秘跡が行われました。
60歳以上で体力の衰えを感じている人は
特定の病気がなくても授かることができる、など、簡単な説明がありました。
耳鳴りが止まらない私は迷わず列に加わりました。
結局全会衆約100人中70人くらいこの秘跡に与ったようです。
いやしを求める人、病がもたらす苦しみに耐える力を求める人は多いのですね。

「この聖なる塗油により、慈しみ深い主キリストが、聖霊の恵みであなたを助け、
罪から解放してあなたを救い、起き上がらせてくださいますように。」

この司祭の言葉と共に手のひらと額に祝福された油が塗られました。
油が入っている器の大きさや形と油の感触は、私の必需品、リップバームに似ています。


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米国滞在中、ミサや祈りの集いでときどき歌っていた
There is a balm in Gileadという歌を思い出しました。
改めて調べてみたら、伝統的な黒人霊歌(Spirituals)の一つでした。
聖書ではエレミヤ書8・22に登場する言葉です。

There is a balm in Gilead    ギレアドには乳香があり
To make the wounded whole; 傷ある者をいやす
There is a balm in Gilead    ギレアドには乳香があり 
To heal the sin-sick soul.    罪に病む魂をいやす

Some times I feel discouraged, 時に私はくじけ
And think my work’s in vain,   無駄骨を折ったと思う
But then the Holy Spirit     でもそんな時聖霊が
Revives my soul again.     私の魂を再び生き返らせてくださる

If you can’t preach like Peter,  あなたがペトロのように説教できなくても
If you can’t pray like Paul,    パウロのように祈れなくても
Just tell the love of Jesus,    ただイエスの愛を伝えればいい
And say He died for all.     イエスはみんなのために死んでくださった、と
                    言えばいい    
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by lumenchristi | 2010-09-19 20:50

1001日目の祈り

悲しみの聖母
第11回百日連続共同祈願 001/100

f0185902_21214622.jpg   映画「パッション」で
   イエスが十字架上で息を引き取った瞬間、
   視点が天から地上を見下ろす形になり、
   一粒の水滴が十字架に向かって落ちて行く。
   御父の涙だと思った。
   十字架の足元には
   その涙を受け止める器のように
   悲しむ母がいる。

   9月15日から12月23日まで、
   十字架の足元からうまやへと
   時間をさかのぼるように
   永遠のまなざしに守られながら
   母マリアと共にすべてを心に納めて
   思い巡らしながら
   イエスと共に、多くの兄弟姉妹と共に歩む。
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by lumenchristi | 2010-09-15 23:37

神の国で農夫は働く

年間第23木曜日

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今日9月9日は、8月5~7日に参加した黙想会の指導者、
ミオ・バラダ(Mijo Barada)さんの誕生日です。

略歴は上記の公式サイト(日本語版)からどうぞ。
マリア様の誕生を祝う9月8日の翌日に生れたミオさん、今日で50歳になりました。
黙想会中から、大きな体にまあるい頭とお腹で
微笑みを絶やさずに聖霊の知恵の言葉を語り祈るミオさんは、
でっかいキューピーみたいだと思っていました。

さらに最近あれっと思いました。
農園を営み家族を守りながら地元の司教様の祝福と認可を受けて
独自の使徒職を通して祈りつつ奉仕しているミオさん、
聖イシドロ農夫(1070~1130)に似ている……。

今回のミオさんの黙想会に参加するきっかけを作ってくれた
ヨゼフィーネさんが初めて私のブログにコメントしてくれたのは、
昨年5月16日に投稿した「昨日の聖人」という記事で
聖イシドロについて書いたときでした。

聖イシドロと妻の福者マリア・デ・ラ・カベザは
来年2011年8月にスペインのマドリッドで開催されるワールドユースデイの
保護者9人の中に選ばれていることも、今しがた発見。

神の国の大収穫を刈り取る働き人を増やすために、
世界でも日本でもそれが実現するために、
主の計画は天上地上の人員を召集してあれやこれやと進行中のようです。
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by lumenchristi | 2010-09-09 22:09
聖マリアの誕生

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ギリシア語: ΜΕΓΑΛΥΝΕΙ Η ΨΥΧΗ ΜΟΥ ΤΟΝ ΚΥΡΙΟΝ
        (megalunei  hE psuchE  mou  ton  kurion)
 
ラテン語:  Magnificat anima mea Dominum

英語:    My soul magnifies the Lord

日本語:   わたしの魂は主をあがめる


日本語訳では「拡大する」という意味が表現されておらず、残念。

マリアの魂は、神様特注の拡大鏡。
この無色透明無傷の拡大鏡を通して見ると、
天地の創造主、全能の父である神の姿がくっきりはっきり大きく見えます。

私の魂も神様特注ですが、
生きておられるイエスの手の中で汚れや傷を磨かれて
最後の仕上げを待っています。

みんなの魂がマリアの魂のようになれば、
大きな大きな拡大鏡を通して
等身大の神が見えてきます。
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by lumenchristi | 2010-09-08 23:06

レオ・ヨセフ勇輝

年間第22金曜日

今年は11年前と同じ曜日巡りだと気付きました。f0185902_1144373.jpg      1年前も書きましたが、
11年前の9月3日は家族で初金のミサにあずかり、
ゆるしの秘跡にあずかり、
夕方、一般外来の終わった産婦人科の
処置室にいました。

7月12日(月)、妊娠検査薬で陽性反応が出て
大喜びしたのに。
ちょうど1年前通訳奉仕をしたときの講師、
V.ウォルシュ神父に2番目の子が授かるように
祈ってもらったとき、
"It's a boy."と言われたから、たぶん男の子。
名前はずっと前から考えていたレオ・ヨセフ勇輝にしよう。

8月7日(土)、助産院の超音波映像に小さな影が映って、
心臓もちゃんと動いていますよ、と言われたのに。
8月31日(月)、母子手帳を交付してもらい、その足で指定病院の検査に行ったら、
心臓はもう動いていませんでした。

事務的に「子宮内容物除去手術」のための入院手続きが進みかけましたが、
どうしてもあきらめきれず、入院をことわりました。
その晩は電話をかけまくってたくさんの人に執り成しの祈りをお願いしました。
ウォルシュ神父にも国際電話をかけて祈ってもらいました。
翌日、何かの拍子に記憶の片隅に入っていたクリスチャンで女医のI先生を訪れました。
結果は同じでしたが、I先生はとても丁寧に説明してくださったので、   
やっと事実を受け入れることができました。
私のような稽留(けいりゅう)流産では自然に流れるのを待っていると
母体にも危険が及ぶ、と説明を受け、
I先生に摘出手術をお願いすることにしました。

上の最後の超音波写真は、
もしかしたら奇跡が起きて生き返っているかもしれない、という希望を捨てられない私が
無理を言って手術の直前に検査してもらったときのものです。

f0185902_1145227.jpg   I先生は「絹ごし豆腐のように柔らかな」
   身長5cmの勇輝を
   手足をもぎ取ることなく一人の人間として
   私の胎内から取り上げてくださいました。
   手術終了後も
   私が麻酔でもうろうとしている間、
   看護師さんはその姿を夫に見せてから、
   薬が入っていたと思われる
   小さなプラスチックの空き容器を
   棺代わりにして遺体を入れ、
   ガーゼで包んで夫に手渡しました。

   私は出血が止まらなかったので
   一晩入院することになりました。
   「小さいけど手も足も指もあった。
   ぐったりした表情をしていた。」
   と夫は言いました。
   そして、そんな勇輝の遺体と
   生れて初めてお母さんと離れて
   一晩を過ごさなければならないと知って
   泣きべそをかいている長女を連れて
   夫は家に帰って行きました。   

9月4日(土)、退院しました。
午後、「ちょっと出かけてくる」と言って夫が車で出て行きました。
私はプラスチック容器を開けて勇輝を見ようかと一瞬考えましたが、
「絹ごし豆腐よりも柔らかい」というI先生の言葉を思い出し、
よけいに悲しくなりそうなのであきらめました。
夕方、夫が四ツ谷のサンパウロで購入した家庭祭壇を乗せて帰って来ました。
そして、「自分の子を先に見送るなんて」と男泣きに泣きながら
小さな容器をくるんでいたガーゼの上にさらに真新しい書道半紙を巻きつけ、
封をしてから、まだガランとしている祭壇の中の十字架の足元に置きました。

9月5日(日)、主日のミサにあずかりました。
主任司祭だったU神父にたのんで、
祭壇の隅に遺体の入った包みをちょこんと置かせてもらいました。
その日は年間第23主日だったのですが、
第二朗読を担当する高校生の男の子が、間違えて翌週の箇所を読んでしまいました。
神様が私たち家族のためにわざわざ選んでくださったように思えました。

わたしたちの中には、だれ一人自分のために生きる人はなく、
だれ一人自分のために死ぬ人もいません。
わたしたちは、生きるとすれば主のために生き、
死ぬとすれば主のために死ぬのです。
従って、生きるにしても、死ぬにしても、わたしたちは主のものです。

(新共同訳聖書 ローマの信徒への手紙 14・7~8)

ミサ中、聖変化後の祈りの中で、
U神父は、「数週間だけお母さんのお腹の中にいて、
この世からあなたのもとにお召しになったレオ・ヨセフ勇輝を心に留めてください」と
祈ってくださいました。
   
妊娠13週で私が受けた手術は、
法令上は「妊娠12週以降の死児の出産」とみなすことができます。
I先生に死産証書を書いてもらい、
9月6日(月)、たった1週間前に母子手帳を交付してもらった町役場で
今度は死胎火葬許可証を交付してもらいました。
予約しておいた午後3時、公営火葬場に行きました。
火葬炉に入る台車はもちろん成人サイズです。
係員はその台車の真ん中に10cm足らずの棺を置くと、
遺灰が飛び散らないようについたてのような板状のもので四方を囲みました。
神のいつくしみの祈りの花束(チャプレット)を心の中で捧げながら待つこと30分、
大さじ1杯分の遺灰が戻って来ました。
夫はそれを用意していた半紙で包み、
家庭祭壇と一緒にサンパウロで購入してあったふた付きの陶器に入れ、
シールで封をして帰宅し、また祭壇の十字架の足元に置きました。

あー、こんなに長々と書くつもりはなかったのですが、
自分史上最も悲しく忘れ難い出来事の一つなので次々思い出してしまいました。

天国に直接生まれ落ちた(生まれ昇った、かな?)
レオ・ヨセフ勇輝、トマス・アクィナス命(みこと)、
双子のアグネス百香(ももか)とテレジア知恵香、
(性別間違ってたらごめんね)
お父さんとお母さんとお姉ちゃんがそちらにたどり着くまで
イエス様と一緒に待っててね。
頼りにしてるよ、君たちのお祈り。
   
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by lumenchristi | 2010-09-03 23:36

一期一会

年間第22木曜日

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今年も行ってまいりました、
結婚前に勤めていた短大で2年生を相手に結婚について講話をしに。

約160名の学生たちとは2時間足らず、
たぶん地上では二度と会うことのない出会いの時間。

午後1時5分開始、昼食直後で自分の経験から言っても一番眠気に襲われる時間帯。
学生たちの目を覚ますような迫力ある講話をする自信はないので、
「眠くなったら無理しないで寝ちゃってください。
ただし、お渡しした資料は捨てないで、
皆さんが結婚を意識する頃から実際に結婚し、願わくは円満に終了するまで、
つまり皆さんか結婚相手が死ぬまでとっておいて活用してください。」
と最初に宣言しておきます。

そして、結婚の定義として5つの要素、

①一組の男女の(ただし地域や文化によって例外多数あり)
②継続的な
③性的結合を基礎とした
④社会的経済的結合を
⑤社会が承認し、尊重していく制度

に焦点を合わせ、
この5要素が進化・浄化・純化・聖化した形として
キリスト教の結婚の誓いを見て行きます。

最後に、あえて結婚しないで全うする使命を選ぶ生き方もあり、
カトリック教会の神父や修道者、奉献生活を送る人々のことを例に挙げます。

結びの言葉として、
「いずれにせよ、家庭という人間関係が煩わしいから結婚しない、とか
一人だと寂しいから結婚する、とかネガティブな動機ではなく、
愛を生きるためにそれぞれの道を歩んでいきましょう。
では皆さん、これからどんな生き方を選ぶとしても、どうぞお幸せに!
いつか、天国でお会いしましょう!」
と言ってから、
「きみは愛されるため生まれた」を聞いてもらいながら感想文を書いてもらいます。
今年も時間オーバーでした、シスター、ごめんなさい!

私の到着を笑顔で迎え、出発を笑顔で見送ってくれたのは、
勤務中お世話になった職員教員数名の皆様。
こちらは学生と違って、また来年も会いたい!と思ってしまいます。

短大から駅まで車で送ってくれたのは、
前日情報を聞きつけてメールをくれたIさん。
ご主人は短大の教員で、かつて同じ小教区で教会学校のリーダーも一緒でした。
たった1時間足らずでしたが駅のコーヒーショップで中身の濃い分かち合いをしました。

そして新幹線を途中下車して信者仲間の友人と1年ぶりに再会。
彼女の行きつけの店で土地の名物を肴にビールを飲んでいたら、
彼女の知り合いのご夫婦が登場し、紹介されました。
なんと私の大学時代の先輩にあたる神父様の親戚の方でした。
すぐに携帯電話で連絡をとってくれて、
10数年ぶりにその神父様と話すことができました。

「きみは愛されるため生まれた」の歌詞にある、

060.gif永遠の神の愛はわれらの出会いの中で実を結ぶ
きみの存在が私にはどれほど大きな喜びでしょう
003.gif

を実感した1日でした。
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by lumenchristi | 2010-09-02 23:59