***輝け主の栄光***Shine, Jesus, Shine


by lumenchristi
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あ・ら・た ∞ N-E-W

復活節第2主日(神のいつくしみの主日) 8/50


f0185902_17102488.jpg   もうすぐ献堂式を迎える真新しい聖堂。
   仮祭壇は会議用テーブルで、
   まだステンドグラスの入っていない窓から
   道路の向こうの家のアンテナが見えます。
   でも信者さんたちはうれしそう。

   この新しい皮袋に
   新しいぶどう酒が注がれますように。
   この新しい神の慈しみの泉で
   多くの人々の渇きが
   いやされますように。
   
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by lumenchristi | 2010-04-11 23:32

玉結び

復活の土曜日 7/50
第9回百日連続共同祈願ミサ 100/100/9
神のいつくしみのノベナ 9/9 生ぬるい霊魂のために

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娘が使っているスクールバッグの持ち手と本体と外ポケットが縫い合わされている部分。
縫い目がほころびてきたので縫い直しました。

まず、ずれないように細い両面テープで内側を固定しました。
それから、元の糸になるべく近い色の糸を選び、
ミシン目の跡に沿って本返し縫いで、
生地が厚めなので針を生地面に対して垂直になるように刺しながら、
ひと針ずつゆっくり縫っていきました。

写真は裏側から見た縫い目。
糸の引き加減も縫い目幅もミシンのように均一ではありませんが、
縫い始めの玉結びと縫い終わりの玉止めが抜けないかぎり
耐久性ははるかに上がったはずです。

信仰も、聖霊の導きで、
毎日ちくちく神の命と自分の命を
縫い合わせていく糸のようなものかもしれません。
ときには縫い間違えたり、
よくばって糸を長くとると縫う前に糸がからまったり。

今日は第9回百日連続共同祈願ミサの最終日、100日目。
神のいつくしみのノベナも最終日、9日目。
いったん玉止めをして糸を切ります。

この100日間、9日間の縫い目が
作品全体の中でどのように見えるのか、
どのような役割を果たしているのか、
何を表現しているのか、
神の国が完成する日までのお楽しみ。

また新しい糸を針に通して
しっかり玉結びを作って
ほころびを縫い直すのか、
まっさらの布地部分に針を刺すのか、
がっちり本返し縫いか、
すいすい並縫いか、
すべてはデザイナーの心を知る聖霊の指示待ちで。
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by lumenchristi | 2010-04-10 23:23

復活の体

復活の金曜日
第9回百日連続共同祈願ミサ 99/100/9
神のいつくしみのノベナ 8/9 煉獄に囚われている霊魂のために


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イエス様は昨日(ルカ24・35-48)も今日(ヨハネ21・1-14)も
焼き魚を食べられた。
我が家の夕食にも家計の強い味方、カラフトシシャモの登場です。

復活節になるととくに思うけど、
復活されたイエス様の体ってどうなってるんだろう?
鍵のかかっている部屋に入れたし、
一緒にいたのに突然姿が見えなくなるし、
肉も骨もあるとおっしゃるし。
それは私たちが主日のミサごとに「体の復活、永遠の命を信じます」と宣言している
私たちが希望している将来の体でもあるわけで。

使徒パウロは『コリントの信徒への手紙一』の15章で
キリストの復活(1-11節)、死者の復活(12-34節)、復活の体(35-58節)について
説いています。復活の体については、

しかし、死者はどんなふうに復活するのか、
どんな体で来るのか、と聞く者がいるかもしれません。


と二つの問いかけを提示し、
私が知りたい「どんな体で来るのか」には次のように答えています。

あなたが蒔くものは、死ななければ命を得ないではありませんか。
あなたが蒔くものは、後でできる体ではなく、麦であれ他の穀物であれ、ただの種粒です。
神は、御心のままに、それに体を与え、一つ一つの種にそれぞれ体をお与えになります。
どの肉も同じ肉だというわけではなく、
人間の肉、獣の肉、鳥の肉、魚の肉と、それぞれ違います。
また、天上の体と地上の体があります。
しかし、天上の体の輝きと地上の体の輝きとは異なっています。
太陽の輝き、月の輝き、星の輝きがあって、それぞれ違いますし、
星と星との間の輝きにも違いがあります。

死者の復活もこれと同じです。
蒔かれるときは朽ちるものでも、朽ちないものに復活し、
蒔かれるときは卑しいものでも、輝かしいものに復活し、
蒔かれるときには弱いものでも、力強いものに復活するのです。
つまり、自然の命の体が蒔かれて、霊の体が復活するのです。
自然の命の体があるのですから、霊の体もあるわけです。

「最初の人アダムは命のある生き物となった」と書いてありますが、
最後のアダムは命を与える霊となったのです。
最初に霊の体があったのではありません。
自然の命の体があり、次いで霊の体があるのです。
最初の人は土ででき、地に属する者であり、第二の人は天に属するものです。
土からできた者たちはすべて、土からできたその人に等しく、
天に属する者たちはすべて、天に属するその人に等しいのです。
わたしたちは、土からできたその人の似姿となっているように、
天に属するその人の似姿にもなるのです。(以上、新共同訳聖書より)


そういえば、2日前にNHKの「歴史秘話ヒストリア」の再放送で
奈良東大寺の大仏を取り上げていて、大仏の作り方を紹介していたとき、
鋳造過程が復活の体のたとえになるような気がしました。
簡略化するとこんな感じです。

木材・麻縄を芯としてその上に土を塗り、原型を作る。

乾燥した原型の上に粘土を塗って外型を作る。

外型を適当な幅で割り、原型からはずす。

原型の表面を一定の厚みで削る。

一度はずした外型を再び組み合わせる。

炉を持ち込み、高温で銅を溶かし、外型と中型のすき間に溶けた銅を石の溝から流し込む。

東大寺の大仏の場合、巨像であるため、脚の部分から頭部まで全部で8段に分け、
丸2年かけて鋳造したそうです。(以上ウィキペディア『東大寺慮舎那仏像』より)

「自然の命の体」=原型、「霊の体」=完成像、と
たとえることもできるかもしれないと思いました。
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by lumenchristi | 2010-04-09 23:49
復活の木曜日
第9回百日連続共同祈願ミサ 98/100/9
神のいつくしみのノベナ 7/9 神のいつくしみを特別に敬いその栄光をたたえる霊魂のために


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月曜日につぼみだったチューリップ、
ぽかぽか陽気に誘われて花開きました。

近所の小学校でも新学期が始まり、
登下校時は黄色い帽子に赤いランドセル(最近はそれ以外のきれいな色も豊富ですね)の
子供たちがにぎやかに歩いていて、
チューリップ畑のようです。

「私はあなたがたを父と子と聖霊の御名によって祝福します!
主よ、あのあなたの子らを祝福し、あらゆる危険からお守りください!」

とすれ違う車の運転席から大声で祈っているおばさんがいることを
あの子たちは知らない……。

あなたの指のわざである天を仰ぎ、
あなたが造られた月と星とを眺めて思う。
なぜ人に心を留め、
人の子を顧みられるのか。

(今日の答唱詩編より・詩編8・4-5参照)
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by lumenchristi | 2010-04-08 23:41
復活の水曜日
第9回百日連続共同祈願ミサ 97/100/9
神のいつくしみのノベナ 6/9 柔和で謙遜な霊魂と幼い子供たちの霊魂のために


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もはや玉ねぎではなく立派な長ねぎ!?
こんなに生命の充満していたものを今まで食べていたのかと改めて思う。

今日の第一朗読は使徒言行録3・1-10。
あの歌の箇所。

060.gif金銀は我にないが あるものをあげよう
主イエスの御名によりて 立ち上がり歩けよ034.gif
歩き回り踊りもて 歩き回り賛美した070.gif
主イエスの御名によりて 立ち上がり歩けよ
071.gif

英語では、"Silver or gold have I none, but..."で始まる歌詞だったと記憶しているが、
ネット検索しても確認できず。

初代教会は聖霊に満ちあふれてあの玉ねぎのように
かわいい盛りの幼子のようにぐんぐん成長していく。
イエスが迎えに来られる時には疲れ果てた老女ではなく
しみもけがれもない美しい花嫁となっているはずの教会。
聖霊よ、神の命の満ちあふれよ、
あなただけがこの「ミッション:インポッシブル/Mission: Impossible」を
遂行してくださいます004.gif
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by lumenchristi | 2010-04-07 23:44

光の中で見えるのは

復活の火曜日
第9回百日連続共同祈願ミサ 96/100/9
神のいつくしみのノベナ 5/9 異端と分裂をもたらす人々の霊魂のために


f0185902_1639158.jpg   卵ろうそくを使い始めて3日目、
   黄身(?)が見えてきました!
   祈りを終えて火を消すと、
   エッグスタンドに入れられ
   頭の殻をスプーンでコンコン叩かれ割られ、
   さあすくっていただきますよ、と言いたくなる
   半熟玉子のような姿です。


f0185902_1640811.jpg今の私の環境では毎日ミサに与って
ご聖体を拝領することはできませんが、
この家庭教会(domestic church)では
毎日聖書を通して
神のみ言葉という命の糧で
養っていただけます。

栄養は申し分ないのだから
後は愛を実践するだけ……なのですが。
光の中で、家族とのやり取りの中で
次から次へとあらわになる傷やひび割れ。
自分の中の異端や分裂。
アレルヤがこだまする復活節も
霊の修復作業は続きます。
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by lumenchristi | 2010-04-06 23:35

ここにも新しい命

復活の月曜日
第9回百日連続共同祈願ミサ 95/100/9
神のいつくしみのノベナ 4/9 まだキリストを知らない人々のために


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数年前球根を植えて以来ほったらかしのチューリップ。
今年も咲いてくれそうです。
この1年、暗い地面の下で何が起こっていたのでしょうか。

あなたは、わたしの魂を陰府(よみ)に捨てておかず、
あなたの聖なるものを朽ち果てるままにしておかれない。
あなたは、命に至る道をわたしに示し、
御前にいるわたしを喜びで満たしてくださる。

(使徒言行録 2・27-28、新共同訳聖書)
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by lumenchristi | 2010-04-05 23:16

新しい命 ∞ New Life

復活の主日
第9回百日連続共同祈願ミサ 94/100/9
神のいつくしみのノベナ 3/9 熱意あふれる忠実な霊魂のために


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夫が洗礼を受けた霊的実家、神田教会でミサに与りました。
今日は大祝日ゆえに、いつもは祭壇に向かって右側、聖堂を模した保管箱内に納められている
聖フランシスコ・ザビエルの聖遺骨も顕示されました。
(聖堂内撮影禁止なので写真は撮りませんでした。)

あなたがたは、キリストと共に復活させられたのですから、
上にあるものを求めなさい。
そこでは、キリストが神の右の座に着いておられます。
上にあるものに心を留め、地上のものに心を引かれないようにしなさい。
あなたがたは死んだのであって、
あなたがたの命は、キリストと共に神の内に隠されているのです。
あなたがたの命であるキリストが現れるとき、
あなたがたも、キリストと共に栄光に包まれて現れるでしょう。

〈日中のミサ・第二朗読・使徒パウロのコロサイの教会への手紙3・1-4、新共同訳)

天の玉座の前で飽きることなく倦むことなく
王の王、主の主を力のかぎり礼拝する天使と聖人の歓喜を
ザビエルの小さな骨のひとかけらは教えているようでした。

午後立ち寄ったイグナチオ教会の売店で
「燃やすと黄身が出てくるよ」と説明書きのついた卵型のろうそくを購入。
夜、家族で祈るときにさっそく火をともしてみました。
10分程度祈って、今日は白身どまり。
ご復活は卵の殻を破ってひよこが出てきてこそ新しい命の象徴なわけで、
ゆで玉子じゃ困るなあと思いつつ
この復活の八日間(オクターブ)黄身の出具合を見守るつもりです。

最近我が家のみ言葉の分かち合いと祈りは夜10時過ぎに定着しつつあるので、
今まではその日ミサで朗読される箇所を読んでいたのを
今夜から日没が1日の始まりという聖書と教会の暦の伝統に従うことにしました。
だから、今夜は復活の月曜日の朗読箇所を聞きました。

ヒントを与えてくれたのは、オリエンス宗教研究所刊月刊誌、『福音宣教』4月号の記事、
「リレー連載・生活の中に福音がひびく~祈りの中で主に出会う」。
執筆者のMさんは大学の後輩で同じ神父様から受洗し、現在は二男三女の母。
家族ぐるみで参加できる黙想会でご一緒したこともあります。
タイトルどおり、日々祈りの中で主に出会っている彼女の言葉には
聖霊の深い味わいがあります。

今日神のいつくしみのノベナを熱意あふれる忠実な霊魂のために捧げたとき
知っている多くの人々の顔と共に
彼女とご家族も思い浮かべ、
このようなすばらしい兄弟姉妹との出会いを感謝しつつ祈りました。


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by lumenchristi | 2010-04-04 23:46
復活の聖なる徹夜祭
第9回百日連続共同祈願ミサ 93/100/9
神のいつくしみのノベナ 2/9 司祭・修道者の霊魂のために

f0185902_1773254.jpg   時は日没前、まだ明るい午後4時
   場所は公民館
   でも信じる人々が集まり
   司祭が復活のろうそくに火をともす
   み言葉が朗読され
   栄光の賛歌を歌い
   小さな鈴の音は鳴り続ける
   確かに復活の聖なる徹夜祭

   なぜ、生きておられる方を死者の中に捜すのか。
   あの方は、ここにはおられない。
   復活なさったのだ。
      (新共同訳聖書・ルカによる福音書24・5‐6)



神父様はその後、
7時半に始まる復活徹夜祭司式のためもう一つの小教区へ。

今日の神のいつくしみのノベナは司祭と修道者のために捧げられました。
   
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by lumenchristi | 2010-04-03 23:03

時を刻む

聖金曜日 主の受難
第9回百日連続共同祈願ミサ 92/100/9
神のいつくしみのノベナ 1/9 全人類、とりわけ罪びとのために


明け方…イエスは大祭司カイアファのところから総督ピラトのもとへ連れて行かれる。
正午……ピラトはガバタ(敷石)という場所でイエスを裁判の席に着かせる。
午後3時…イエスはゴルゴタ(されこうべの場所)の十字架の上で息を引き取られる。
日没前……イエスの遺体は墓に納められる。

聖地巡礼で訪れたエルサレムの十字架の道行を思い出しながら、
時計を見ながら、
テレビも雑誌も見ない静かな時間の流れの中で
あの日イエスがいつどこで何をどのようにされていたのか
何を思い感じておられたのか
たどろうとした1日でした。

5年前の2005年4月2日は復活の主日から一週間後の神のいつくしみの主日でした。
この主日を制定された教皇ヨハネ・パウロ2世はこの日に帰天されました。
3月に容体の悪化が報道され、ずっと祈っていましたが、
天に召されるのであればこの神のいつくしみの主日ではないかと思っていました。
天国にいるパパ様や聖ファウスティナと共に
地上にいる多くの兄弟姉妹と共に
このノベナ(9日間の祈り)を捧げます。
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by lumenchristi | 2010-04-02 23:39