***輝け主の栄光***Shine, Jesus, Shine


by lumenchristi
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年間第30土曜日
第八回百日連続共同祈願 047/100/8

今からちょうど30年前、1979年の今日、
私は交換留学生として
米国ミズーリ州立大学コロンビア校(University of Missouri-Columbia)にいました。

その年の4月15日に上智大学で洗礼を受けた私にとって、
学業生活もさることながら、同じように大切だったのは信仰生活。
渡米前から、
「寮のルームメイトはクリスチャンでありますように、
歩いて通えるカトリック教会があり、よい共同体でありますように」と祈っていましたが、
クリスチャン1年生の私のために神様はちゃあんと備えていてくださいました。

ルームメイトは聖書を愛するプロテスタントのクリスチャン、
広大なキャンパスの中にはいくつか教会があり、
カトリック信者のためにはニューマン・センターがありました。
洗礼を受けてすぐにカトリック初台教会で聖霊生活セミナーに参加し、
聖霊の満たしを受けた私にはさらにうれしいことに、
このニューマン・センターにはカリスマ刷新の祈りの集いもありました。

さらに、何がきっかけだったか忘れてしまいましたが、
キャンパス・クルセード・フォー・クライスト(Campus Crusade for Christ)の
学生たちとも知り合い、聖書勉強会や行事に誘われて参加しました。
10月31日のハロウィーンの夜に招待されたのは、
ハロウド・ビー・ザイ・ネイム(Hallowed-Be-Thy-Name=御名が聖とされますように)パーティー。
仮装は仮装でもお化けや魔女ではなくて、
聖書に登場する人物の格好をして来てください、というのがルール。
会場には十戒の板を手にするモーセやお腹に枕を入れたエリサベトなど、
創意工夫を凝らしたいでたちの男女学生が30人ほど集まりました。

私はシーツを一方の肩にかけて膝上の衣装に見えるように手持ちのベルトで押さえ、
洗濯物を干すハンガーを竪琴に見立て、石投げ紐と石を腰に下げ・・・。
分かりますか? ダビデの格好で臨みました。
仮装コンテストもあり、私のダビデは好評を博して入賞し、
賞品にキャラメルがけのりんごをもらいました024.gif

あの時は、11月1日が諸聖人の祭日であり、
ハロウィーンの文字通りの意味はその前夜祭であることに気づいていなかったような気がします。
でも、あの30年前のハロウィーンはクリスチャンのお祝いにふさわしい過ごし方だったと
改めて神様の心配りに感謝しています。
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by lumenchristi | 2009-10-31 23:14

一足お先に待降節

年間第30木曜日
第八回百日連続共同祈願 045/100/8

f0185902_20133386.jpg   10月7日付「かぐわしい訪れ」で紹介した金木犀は、
   数年前苗木を植えて、今は3mの高さに。
   約10日間甘い香りを放った後、
   また寡黙な常緑樹に戻りました。

   『毎日の黙想』誌は、発行月の約2カ月半前に
   The Word Among Us誌から英語の原稿が届きます。
   黙想部分は数人の翻訳者に分けて送信し、
   約3週間後に私の手元に日本語訳が送られてきます。
   
   御本家の英語版は日々日の黙想に加えて
   毎号随想や他の記事が掲載されており、
   充実しているのですが、
   日本語版は翻訳者の人手不足ゆえに
   随想は待降節号と四旬節号に限定しています。
   この年に2回の随想の翻訳と共に
   私の待降節と四旬節は
   教会の典礼暦より2カ月早く始まります。


                                                                   f0185902_20141910.jpg今年の待降節号(11月29日~12月31日)の
随想は、『ルカによる福音書』に描かれた
イエスの幼年物語に焦点を合わせています。

ルカが聖霊の絵筆となって
綿密に構成して描いた
「イエス様の降誕」という一枚の絵を
私たちが右脳を使って
見つめ、黙想し、観想する
(Gaze, Meditate, Contemplate)    
ように招いています。                                       〈10月9日〉         
                        
f0185902_20144343.jpgそのために助けとなる情報として、
この幼年物語が成立した頃の背景や
旧約聖書との関わりを随想は示し、
ルカの信仰と感性を通して
私たちもこの神からの最大の贈り物、
イエス・キリストを受け取ることが
できるように、と呼びかけています。

次回の待降節号もお楽しみに!
もちろん、イエス様が聖霊を通して
私たちの心の中に宿ってくださるのを
待降節まで待つ必要はありません。                             〈10月13日〉

f0185902_1343244.jpg日々、一瞬一瞬、
インマヌエル、共におられる神は
私たちと共におられます。
今日は、今は、イエスは
どんな姿で、どんな御顔で、
私たちと共におられるのでしょうか?
赤ちゃんのイエス?
少年のイエス?
大工業にいそしむ青年イエス?
教え、いやし、不思議な業を行うイエス?
十字架上で死にゆくイエス?
復活されたイエス?                                       〈10月16日〉 
  
f0185902_1342816.jpgそれとも、
天の玉座で父の右におられる王イエス?

9月から丸々2カ月、
某テーマパークも
近隣のコンビニもショッピングセンターも
ハロウィーン一色でしたが、
昨日ホームセンターに買い物に行ったら
クリスマス用の電飾や飾りが
とって代わって置いてありました。
こちらも一足お先にクリスマスのようです。
                                                   〈10月22日〉
1日の諸聖人の祭日(今年は主日!)、2日の死者の日に始まり、
王であるキリスト(年間最後の主日)で始まる第34週で締めくくる11月。
教会の歩みと合わせて
豊かな実りを迎える月でありますように。

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by lumenchristi | 2009-10-29 17:34
イエスの聖テレジアおとめ教会博士 記念日
第八回百日連続共同祈願 031/100/8

とかくするうちに、数え切れないほどの群衆が集まって来て、
足を踏みあうほどになった。
イエスは、まず弟子たちに話し始められた。

                    (ルカによる福音書12・1、新共同訳聖書)


勘違いして翌日16日(年間第28金曜日奇数年)の朗読箇所を読んでしまいました025.gif
でも示されたことがあるのでこれはこれで神に感謝。

「とかくするうちに」とは、「ルカによる福音書」の流れでは、
イエスがファリサイ派の人から招待されて食事の席に着く前に
実を清めなかったことをきっかけに、
「あなたがたは不幸だ」と非難された律法学者やファリサイ派の人々は怒り狂って
いろいろの問題でイエスに質問を浴びせ始めていると、
となります。経過した時間の長さは分かりませんが。
ここの部分が本当は今日の福音朗読です。

このみ言葉を聞いてまず思い出したのは、
1988年5月に訪れたメジュゴリエ。
当時はまだユーゴスラビアでした。
聖母の出現が報告されてあと1ヵ月で7周年になる頃でしたが、
なにしろニューヨーク発ドブロニク着(ザグレブだったかも)のユーゴスラビア航空の機内誌に
メジュゴリエが紹介されていたくらいでしたから
当時の共産主義国にも見逃せない相当な経済効果があったのでしょう、
とにかくあの小さな村に「数え切れないほどの群衆が集まって来て」いました。

だから私が期待していた祈りの雰囲気とはまるで違うので最初はがっかりしました。
聖ヤコブ教会のミサでは大切な聖変化中「写真を撮らないでください」と
司式司祭が頼んでいるのに数か所でフラッシュがたかれ、
聖体拝領のため列に並べば足を踏まれ、
土産物店で並んで待っていると割り込む人あり、と
人間の弱さばかりが目についてしまって。
巡礼団の添乗員、シスターIに泣きついたら、
"Look to God, not Man!" (人に注目しないで神に注目しなさい!)と一喝されて
目が覚めました。

メジュゴリエ滞在最終日に私が心に受けたメッセージは、
あの幻視者たちにとって見えることがマリア様が彼らと共にいるというしるしであり、
彼らには彼らの役割があり、
私にとって見えないことがマリア様が私と共にいるというしるしであり、
私には私の役割がある、ということ。
私はイエスがまず語りかけられる弟子たちの中にいるから。

ちょうど2週間前に教会が記念した幼きイエスの聖テレジア(1873-1897)も、
今日教会が祝うイエスの聖テレジア(1515-1582)も、
同じカルメル会、おとめ、キリストがすべて、教会博士(後世に与えられた称号ですが)
という共通項がある一方、
生きていた時代・国・生涯の長さ・神との一致を体験した喜びや苦しみなどは
全然違います。

二人を薔薇の花にたとえるなら、こんな感じかな?

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写真はバラの図鑑(無料素材) より使用させていただきました。
天国の庭は百花繚乱ですね。
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by lumenchristi | 2009-10-15 23:11

若君イエス

年間第28主日
第八回百日連続共同祈願 027/100/8

NHKの大河ドラマ「天地人」を観ています。
先週から今週にかけて、
関ヶ原の戦い後120万石から30万石に減封された上杉家の生き残りを画策する
家老、主人公の直江兼続は、
嫡男竹松(7歳)がいるのに長女お松と徳川家康の重臣本多正信の次男政重との縁談をまとめ、
婿養子となる政重に家督を継がせようとします。

立派な跡取りになろうと心に決めていた竹松はショックを受けますが、
祖父の惣右衛門から、
「父の愛を疑うでないぞ。そなたの父は、誰よりそなたのことを思うておるのじゃからの」
と諭され、
父の兼続には、
「許せ。だがの父は皆のことを考え、他に道はないと思うたのじゃ。
そのことで、そなたを苦しめるとわかっていてもな」
と胸の内を明かされ、
父の選択を自分のものとして(あの愛くるしい子役の加藤清史郎くんがニコッと笑って)
受け入れます。

我が子を犠牲にしても上杉家に忠実な家来たちやその家族を守ろうとする直江兼続を見ていると、

「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された」
     (ヨハネによる福音書3・16、新共同訳聖書)

という有名なみ言葉が心に浮かんできました。

ある信者さんから聞いた話ですが、
神言会の故ヨハネ・リータス神父は
イエスを「若君」と呼ばれたそうです。
言い得て妙ですね。


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by lumenchristi | 2009-10-11 23:56

かぐわしい訪れ

ロザリオの聖母 記念日
第八回百日連続共同祈願 023/100/8

台風に備えて外回りを確認しようと午後5時すぎに玄関のドアを開けたら、
あたりはすでに闇の中、
激しく降る一方の雨の音、に交じって甘い香りを鼻が感知。
「あっ、うちの金木犀(きんもくせい)も咲き始めた!」と思い、裏庭に回ると、
夜空の星のように
暗闇の中に金色の粒々が浮かんで見えました。

フラッシュをたいて接写撮影するとこうなりました。
まだつぼみの段階でこんなに香って自らの存在を知らせる小さな花に
しばし見入りました。


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賜物であふれる花嫁、ただひとりの花婿の母、
その喜びにおいて甘美で優しい聖母は、
理性を備えた庭の泉、神的レバノンから、シオンの山から、
周辺の国々にいたるまでせきを切るように流れる水、
生命を与える生きた水にあふれる井戸のように、
天から注いでもらった平和と恩恵の川を豊かに注ぎ出しました。
そこで、処女の中で最も優れた処女である聖母が、
天使が歓喜する中を大天使に伴われ、
神とその御子である王の王によって天に導き入れられたとき、
詩編作者が主に語った預言が実現しました。
「王妃が黄金の衣装をまとい、色彩豊かな姿で、あなたの右に立てられる。」
(詩編45・10、14参照)

          『毎日の読書』 「ローザンヌの聖アメデオ司教の説教」より

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by lumenchristi | 2009-10-07 23:45

プチ断食

守護の天使 記念日
第八回百日連続共同祈願 018/100/8

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この小さなサークルで断食パンが話題になり、
手作りパンの報告に感心する中、
私はと言えば、ガビィさん紹介のスペルトジャパンのリンク先に
神戸屋~むぎの詩~食事パンを発見。
なあんだ、灯台もと暗し、これならいつも行く近所のスーパーで売っています。
というわけで、さっそく買ってきました。
スペルト小麦がブレンドされているのは、このバタールです。
私はくるみ入りとかライ麦や全粒粉で作った黒っぽいパンが好きなので、
実はバタールを買ったことがありませんでした。

今日は一人で朝食を摂る機会が与えられたので、パンと水で断食を試みました。
「断食=祈り」に主眼を置いて自分なりにテーブルセッティングしてみました。

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まずは、私が子供の頃から使っているお皿にバタールを3切れ。
かなり大きめにスライスし、オーブントースターで軽く温めました。
水は浄水器を通した水道水を母校の校章つきのマグカップに入れて、
これも電子レンジでちょっとぬるま湯状態にしました。
家族と祈るときに使っている『毎日のミサの友』の表紙には
聖三位一体の神が仲良くお食事中のイコンが印刷されています。
この神の食卓に私も今招かれていることを意識するために置きました。
祈りだからろうそくに火をともしました。
新婚旅行で訪れたルルドで買ったろうそくです。
なぜ小皿のまん中よりずらして立ててあるかというと、
長年しまいっぱなしにして底が変形してしまい、自立してくれなかったからです。

テレビを消し、普段の食事と同じように感謝の祈りを捧げて、さあいただきます。
まずワインのテイスティングのように、パンに鼻を近づけて匂いをかいでみました。
普通のフランスパンよりも香ばしい感じがします。
一口分を口に入れて、幼い頃の娘に言い聞かせていたように、
よぉ~く「もぐもぐかみかみ」しました。
このバタールはけっこう粘り気があり、
一口分で「主の祈り」(天におられる私たちの父よ~」を頭の中で1回唱える間に80回噛めました。
「天使祝詞」(恵みあふれる聖マリア~)は日本語なら50回、英語なら40回噛めました。
一口食べるごとに一口水を飲みました。
だから水はマグカップ2杯、たっぷり600mlは飲みました。

スペルト小麦と並ぶこのバタールのもう一つのご自慢は、
ゲランドの塩(フランスはブルターニュで伝統的手法で作られている塩)を使っていること。
最初はしょっぱいと感じるのですが、
よく噛んでいくうちにほのかな甘みに変わります。
ある意味、単調な味によって私の味覚がなだめられ、穏やかになるような気がしました。
たとえば、甘い大福もちを食べると今度はしょっぱい塩せんべいが食べたくなり、
しょっぱいからまた甘いものが食べたい、というように、
刺激が刺激を呼んで必要以上に食べてしまう、という状態と正反対だと思いました。

パンを3切れ食べ終わったときには
とても満たされた気分になりました。
3時間後に空腹を感じたのでコーヒーを飲みました。
昼食とおやつと夕食はいつもどおりに摂りました。

このプチ断食でもう一つうれしかったのは、
肉眼では見えないのに、
デジカメのファインダー越しに見ると、
ろうそくの炎の先から一筋の青い光線が天にまっすぐ昇っていくように見えたこと。
もちろん奇跡ではなく自然現象でしょうが、
天上の現実と地上の現実が天から降ったパンであるイエスによってつながっているしるしに
私には見えたのでした。

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by lumenchristi | 2009-10-02 23:47

ロザリオの月

幼きイエスの聖テレジアおとめ教会博士 記念日
第八回百日連続共同祈願 017/100/8

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薔薇の花は春と秋、年に2回咲くことを
自宅の庭に苗を植えて育てるようになってから初めて知りました。
(↑主な世話人は私ではなく我が家の農です。)

ロザリオの月の第1日に
「私が死んだら、天国から薔薇の雨を降らせましょう」と約束した
幼きイエスの聖テレジアを記念し祝うのは何とふさわしいことでしょう。

テレジアは1873年1月2日に生まれ、
1898年9月30日午後7時18分頃に帰天しました。
伊達カルメル会修道院|リジューの聖テレーズ年譜より)

ロザリオは「薔薇の花束・花冠」の意味。
中世には書物の選集にも題名として使われていたそうです。
以前読んだ本で、年配の信者さんが「コンタツ」と呼んでいましたが、
ラテン語でしょうか、ポルトガル語でしょうか、
英語の「カウント」(数える)と同じ意味でしょうから、「数珠」という意味なのでしょう。

Catholic Encyclopedia/The Rosaryには
長くて詳しい歴史の説明があり、ここでは紹介しきれませんが、
印象に残った伝承を一つ。

ある若い修道士が天使祝詞を唱えていたら、
聖母マリアが現れて彼の口から薔薇のつぼみをいくつも取り出し、
それらを編み上げて花冠を作り、ご自分の頭上に載せられた。

13世紀にはヨーロッパ中で広まっていたそうです。
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by lumenchristi | 2009-10-01 23:42