***輝け主の栄光***Shine, Jesus, Shine


by lumenchristi
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聖ヒエロニモ司祭教会博士 記念日
第八回百日連続共同祈願 016/100/8

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今日教会が記念する聖ヒエロニモ(340頃~420)は、
ラテン語訳(ヴルガタ=ラテン語で「大衆の手にはいるもの」という意味)聖書を編纂した司祭。
彼も称賛するに違いないこんな聖書を見つけました。
なんとなんと、
ティーンエイジャー女子限定新約聖書、REVOLVE 2010: The Complete New Testamentです。
左上に小さくBIBLEZINE(雑誌型聖書?)と書いてあります。
版元は、英語の聖書を多数出版しているThomas Nelson
この聖書は6年前から年に一度最新号が発行されています。
タイトルのREVOLVEは、回転、旋回、展開、思い巡らす、などの意味があります。
「編集長」はもちろん十代の女の子。

英語訳は、New Century Version。
1991年に初版が出ました。
米国の小学5年生が理解できる英語を基準として翻訳されています。

ここで久々にFranciscan University of Steubenvilleで習った用語を思い出しました。
Literal Correspondence(逐語対応)とDynamic Equivalence(動的等価)です。

たとえば、ヨハネによる福音書1・14は、

原語の語彙や語順や文法に極力忠実であろうとするNew American Bibleでは、

The Word became flesh
and made his dwelling among us,
and we have seen his glory:
the glory of an only Son coming from the Father,
filled with enduring love.

となります。原文は韻文なので行も区切り、
原文どおり、「ことばは肉となった」と訳しています。
一方、New Century Versionでは、

The Word became a human and lived among us.  We saw his glory--the glory that belongs to the only Son of the Father--and he was full of grace and truth.

と散文形式で、日本の中学生が教科書で習うような主語+述語の文章が多く、
「ことばは人間となった」と訳しています。

どちらの翻訳アプローチにも一長一短があるのですが、
十代の女の子がとっつきやすいのは、やはり後者でしょう。
このREVOLVEには各書の冒頭に簡単な解説がついており、
各ページの下には恐ろしく小さな文字で脚注もついています。
見出しは7色刷りで虹のようです。

この聖書がユニークなのは、
みことばのあちらこちらに十代の女の子の関心をひきそうなテーマの記事が挿入されていること。
たとえばこれは、初めて髪を染めるならヘア・マニキュアをお勧め!という記事。

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これは、同じくThomas Nelson社から発売されているCD聖書に声優として出演した
米国で人気の若手俳優、コービン・ブルーのインタビュー。
(彼なら私も知ってます! 娘と一緒に観た「ハイスクール・ミュージカル」に出演していました。)

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そしてこれは、女子が「カワい~い」と思って無邪気に着る露出度の高い服が
男子にはどのようなメッセージを与えているか、という(クリスチャン)男子自身の本音と忠告です。

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日本でもこんな聖書があったら、
ギャルたちも「これマジやばくね?」って言って読みたくなるかも・・・016.gif
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by lumenchristi | 2009-09-30 10:48
大天使聖ミカエル 聖ラファエル 聖ガブリエル 祝日
第八回百日連続共同祈願 015/100/8

f0185902_2243201.jpg   31年前の今日、
   私は初めて聖書(国際ギデオン協会贈呈の
   和英対照新約聖書)の言葉を通して
   イエスが直接私に語りかける体験をした。
   (詳細は昨年9月29日の記事に書いた。)
   それから2日後に大学の後期が始まり、
   その聖書を英語のクラスの学生全員に
   配ったM神父が週に一度開いていた
   聖書クラスに出てみた。
   数人の同級生が参加していた。
   それは聖書勉強会ではなく、
   心を静めて聖書の言葉を聞き、
   心に響く言葉を分かち合う会。

私の心はどんどん自由になっていった。
イエスは私を知っている。
イエスは無条件で私を受け入れてくれている。
同じ体験をしている仲間が私の小さな悩みや愚痴に耳を傾けてくれる。

半年後に洗礼を受ける決意をした。
洗礼名を決める際、M神父が
「あなたは活発だから、マリア・ミカエラかマリア・パウラがいいのでは?」とおっしゃった。
聖人事典で大天使ミカエルと使徒パウロのことを調べ、
聖フランシスコ・ザビエルが聖母被昇天の8月15日に日本に上陸し、
大天使ミカエルの祝日である9月29日に薩摩藩から宣教の許可を得たことを知り、
マリア・ミカエラを洗礼名として選んだ。

洗礼を受けて最初の9月29日がやってきたとき、
1年前のこの日にイエスの招きを聞いたことに
初めて気がついた。
天のお父様は私の霊名祝日を定めておられたのだ、と思っている。

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大天使ミカエルに向かう祈り~ラテン語・英語・日本語口語

Sancte Michael Archangele,
defende nos in proelio;
contra nequitiam et insidias diaboli esto praesidium.
Imperet illi Deus, supplices deprecamur:
tuque, Princeps militiae Caelestis,
satanam aliosque spiritus malignos,
qui ad perditionem animarum pervagantur in mundo,
divina virtute in infernum detrude.
Amen.

Saint Michael the Archangel,
defend us in battle;
be our protection against the wickedness and snares of the devil.
May God rebuke him, we humbly pray:
and do thou, O Prince of the heavenly host,
by the power of God,
thrust into hell Satan and all the evil spirits
who prowl throughout the world seeking the ruin of souls.
Amen.
(私が知っているのはこの訳ですが、動詞や前置詞が違う訳もいくつかあります。)

大天使聖ミカエル、
悪との戦いにおいて、私たちを守り、
凶悪な企みに打ち勝つことができますように。
神の命令によって悪魔が人々を害することができないようにお願い致します。
天軍の総帥、
人々を惑わし、食いつくそうと探し回っているサタンと他の悪霊を
神の力によって
地獄に閉じ込めてください。
アーメン。
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by lumenchristi | 2009-09-29 23:39

ふるさと自慢

年間第25土曜日
第八回百日連続共同祈願 012/100/8

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高校の首都圏同窓会がありました。
幹事学年だった3年前からほぼ毎年参加しています。
旧制中学時代の大先輩から四十前の若者(?)まで、恩師を含めて240名が集まりました。
私は3年ぶりに3年時の担任の先生(英語)と再会できて大満足。

今年は高岡市開町400年を記念してこのようなうちわと缶バッジが手渡されました。

高岡開町400年記念事業公式ホームページ: 開町400年の歴史によると、

加賀藩2代藩主前田利長公が、
「関野」と呼ばれていた荒地に築かれた高岡城に入城したのは、
慶長14年(1609)9月13日のことです。

公の入城に随従した家臣は430名余り。町民は、富山・守山・木舟の旧城下や
美濃・近江・越前等前田氏縁の地より集まった630戸、
武士・町民併せても5千人に満たない人々で、高岡町が開かれました。

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   というわけで、
   このマスコットキャラクターは「利長(としなが)くん」。
   ちなみに高岡市の先輩キャラは、
   746~751年越中国国司として赴任し、
   在任中に多くの秀歌を詠んだ大伴家持をモデルにした
   「家持(やかもち)くん」です。



高岡という地名は、開町時に関町の総持寺22世快雄和尚が撰じた詩経の一節、
「鳳凰鳴矣、于彼高岡」にちなんで命名されたとか。

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私は雨雪が降らなければ自転車で30分、
この絵葉書の写真左にある金屋町を通過し、
真ん中の高岡古城公園を通り抜けて通学していました。

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この高岡古城公園内には
高岡城の縄張り(設計)をしたと言われている
(最近そうではないという説もあるそうですが)
キリシタン大名高山右近の銅像もあります。 → 高岡市立博物館常設展高山右近銅像

高校時代はクリスチャンではなかったので
何も考えずにこの銅像の前を通過していましたが、
今はこの信仰の大先輩との高岡つながりをうれしく誇らしく思う私です。
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by lumenchristi | 2009-09-26 23:33

♪わてのイエスはん♪

年間第25木曜日
第八回百日連続共同祈願 010/100/8

先週の土曜日9月19日にテレビを買い換えました。
家電量販店で物色中、店頭にある半分以上のテレビが
NHK-BSハイビジョンにチャンネルを合わせてあり、
ドラマスペシャル「白洲次郎 第一部」を放映(2月の再放送)していました。
店内のアナウンスやら他チャンネルの音声やらで
セリフはよく聞こえないけれど何とはなしに画面を見ていたら、
突然教会の礼拝場面に変わり、讃美歌のメロディーが聞こえてきました。

Jesus Loves meでした。

Jesus loves me! This I know,
For the Bible tells me so.
Little ones to Him belong;
They are weak, but He is strong.

Yes, Jesus loves me!
Yes, Jesus loves me!
Yes, Jesus loves me!
The Bible tells me so.


19世紀後半に米国で生まれた子供向けの讃美歌で、
ケビン・コスナー主演の映画「ボディガード」(1992年)でも
恋仲になる歌手役のホイットニー・ヒューストンが歌っていました。

この讃美歌461番は誕生してからほどなく明治初期の日本に紹介され、
日本最古の讃美歌と言われているそうです。
その頃から現代にいたるまで何種類か歌詞があるようですが、
カトリック信者で聖霊による刷新を通して多くの恵みを受けてきた私が慣れ親しんでいる歌詞は、
リビング・プレイズ版です。

主イエスの愛は どんなときにも
わたしの力 わたしの命
ああ主の愛 ああ主の愛
心に 満ちあふれる


ところが何十ものテレビが一斉に映し出しているそのドラマの字幕には、
「イエスはん わてを好いたはる」
と出ているではありませんか。

「えぇ~! 関西言葉の歌詞!?」

富山県出身なのでそれが大阪言葉なのか神戸言葉なのか、
関西の特定の地域の言葉なのか判別はつきませんでしたが、
気になってしかたがなかったので、
21日(月)夜にNHK総合の再放送を観ました。
ついでに22日の第二部、23日の第三部(完結編)も観てしまいました。
とても見応えのあるドラマでした。
11月にBSハイビジョンで再再放送するようです。
物語を語り出すときりがないので、今日はこの讃美歌に限定します。


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イエスはん わてを好いたはる
イエスはん 強いさかいに
浮世はいうたかて 怖いことあらへん

わてのイエスはん わてのイエスはん
わてのイエスはん わてについたはる
アーメン


ドラマでは1919年(大正8年)の設定です。
裕福な家庭で育った17歳の主人公、白洲次郎は暴れん坊で喧嘩沙汰の毎日。
ある日母親が次郎を教会の礼拝に連れて行き、礼拝後の教会で、
小さい頃病気がちだった時につけていた日記(熱何度とか細かく書き記してある)を次郎に見せ、
「命が危ないと医者に言われるたびに教会に来て祈った、
あんたが今生きているのは神様があんたに果たしてほしい使命があるからではないか」
という内容のことを言うのです。

この場面を見ただけで母親がクリスチャンだったのか断定はできないと思ったのですが、
第二部でも第三部でも英語のJesus Loves Meが何回か流れました。
白洲次郎・正子夫妻は曹洞宗の寺院に埋葬されているので、
二人がイエスを「わてのイエスはん」として受け入れることはなかったのでしょう。

あの関西言葉の讃美歌、いつまで歌われていたのでしょうか。
今でも歌われているのかな?

カトリック大船渡教会の信徒で医師でもある山浦玄嗣(やまうらはるつぐ)さんの手による
ケセン語訳新約聖書は有名ですし、
以前オアシスブックセンター(いのちのことば社直営店)で
「コテコテ大阪弁訳聖書」を立ち読みして感心したこともあります。

私もたまに富山言葉でイエスに思いのたけを話すことはありますが、
イエスが私の郷里の言葉で語りかけてくれるとは考えたことがありませんでした。
今度「わてのイエスはん」の富山弁、よう聞いてみよっと。
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by lumenchristi | 2009-09-24 20:44

秋の初物

聖マタイ使徒福音記者 祝日 
第八回百日連続共同祈願 007/100/8

最寄りの郵便局に行ったら、
どこからともなく金木犀の香りがしてきた。
「あっ、今年初のきんもくせい!」と
あたりをきょろきょろ見回したけれど、
あのオレンジ色の小花は見つからず。

我が家の金木犀は日当たりの悪い場所にあるせいか、
まだ香りはしてこない。

060.gifBloom, bloom, bloom where you're planted056.gif

と昔歌ったことのある子供向けの聖歌の出だしが口をついて出た。

神の定めたそれぞれの時に、神の定めたそれぞれの場所で
私たちが花開き実を結びますように。
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by lumenchristi | 2009-09-21 21:13

再び悲しみの聖母と共に

悲しみの聖母 記念日
第八回百日連続共同祈願 001/100/8

今日からまた(正確には昨日を0日として)100日カウントダウンしていきます。
「え、なに?」という人は、畠神父の第八回百日連続共同祈願へのお招きを読んでくださいね。

同じく畠神父の百日連続共同祈願 9月15日 開始を読んで、
畠神父様が司式する今日のミサに与って説教を聞いたような気分になりました。
今日からクリスマス直前の12月23日まで、
私は3つの意向を300km離れた祭壇に捧げて天国経由でミサにあずかります。

キリストは、肉において生きておられたとき、
激しい叫び声をあげ、涙を流しながら、
御自分を死から救う力のある方に、祈りと願いとをささげ、
その畏れ敬う態度のゆえに聞き入れられました。

(悲しみの聖母記念ミサ第一朗読より ヘブライ人への手紙5・7、新共同訳聖書)
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by lumenchristi | 2009-09-15 22:42
十字架称賛 祝日
第八回百日連続共同祈願 0/100/8

1年前の今日、第五回百日連続共同祈願開始前日に、このブログを開始しました。
最初は日英バイリンガルで毎日、と意気込んでがんばりましたが、
1か月も続かず半年の冬眠状態に。
ブログ先輩のm.mariaさんと畠神父様の励ましの言葉で
今度は気負わずに、日本語だけでいいよ、毎日じゃなくていいよ、と自分に言い聞かせ、
4月に冬眠から目覚めてまた半年。
関西大会やFUSつながりで新しい出会いもあり、
感謝のうちに2年目に入ります。
明日から第八回百日連続共同祈願、
十字架の上でこの世の勝利とはまるで違う勝利をとられたイエスを仰ぎつつ、
日々の恵みを数えていきます。
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by lumenchristi | 2009-09-14 16:48

シャルロッテ

マリアのみ名 ∞ Holy Name of Mary

1991年8月~10月のヨーロッパ巡礼(放浪)の旅の一こま。
9月12日、私はオーストリアのウィーンにいた。
例によって記録がすぐに出てこないのだが、
ポーランドのクラクフから再度ウィーンに入ったのがたぶん10日か11日の夕方で、
米国のFranciscan Univ. of Steubenvilleで知り合ったオーストリア人の友人の
アパートに泊めてもらうことになっていたのに、
連絡の行き違いで(当時は062.gifなし)彼女は留守、
前回彼女が連れて行ってくれた小さな教会に行ってみた。
そこにも彼女はいなかったが、ロザリオの祈りを捧げていた司祭と20人くらいの信者がいた。
司祭に英語で事情を話し、
「女性が一人で宿泊できる安全な場所を知りませんか」と尋ねていたら、
一人の初老の女性が英語で「じゃあ、私が泊めてあげる」と申し出てくれた。
それが、シャルロッテ。
すぐに打ち解けて、いろいろ話をした。
彼女の試練だらけの複数の結婚生活や遠い国に住んでいる一人息子のことも知った。
今はイエス様とマリア様に支えられてひっそり静かに生きているようだった。

12日の朝、シャルロッテから、
「今日はマリア様のみ名の祝日だから特別なミサにあずかるのだけれど、一緒に来る?」
と尋ねられ、もちろんついていった。
たどり着いたのは、教会ではなく大きな体育館のような場所だった。
最低1000人はいたと思う。
もちろんミサはすべてドイツ語で、聖書朗読も説教も何一つ分からなかったけれど、
ご聖体のイエス様はいつもと同じように私のうちに来てくださった。

マリアのみ名をあれほど盛大に祝うミサに与ったことは、30年の信仰生活で後にも先にもない。
典礼上の区分も一番軽い「任意」だし。
今年調べてみて納得した。
New Advent Catholic Encyclopedia: Feast of the Holy Name of Mary

最初にこのマリアのみ名を祝うミサを始めたのは1513年スペインで、
聖マリアの誕生を祝う9月8日から数えて8日目の9月15日に定められていた。
それから何回か祝日は移動。

1683年8月、神聖ローマ皇帝(ハプスブルグ家のレオポルト1世)の居城だったウィーンが
オスマン・トルコ帝国に攻撃され、包囲された。「第二次ウィーン包囲」と言う。
ウィーンを脱出した皇帝の要請に応え、
ヨーロッパ諸国連合軍を率いていたポーランド王、ヤン3世ソビェスキが
自国軍をチェンストホーヴァの聖母に奉献してオスマン・トルコ軍を打破したのが9月12日。
1908年(女子パウロ会のLaudateによると1911年)、
教皇パウロ10世はキリスト教国が勝利したこの日をマリアのみ名を祝う日に定めた。

だから、ウィーンではこの9月12日は歴史的記念日だったのだ。

私の「巡礼1991」は、もともとその年8月のワールドユースデイのチュンストホーバから始まった。
だから、チェンストホーバの聖母、ポーランド人のパパ様ヨハネ・パウロ2世、と
つながっていたのだなと思う。

友人と連絡がとれるまでシャルロッテと3、4日一緒に過ごした。
ウィーン市内の公園に咲く秋のバラを見て「きれいだね~」と言い合ったことを覚えている。
別れるとき、彼女の目に涙が浮かんでいた。
帰国後何度か手紙を出したけれど、返事は来なかった。
最後の手紙は住所不定で日本に戻ってきた。

我が家の庭に咲く秋のバラを見ると、
突然転がり込んできた外国人を天使のようにもてなしてくれたシャルロッテを思い出す。
バラと一緒に空を見上げて、
「いつか、イエス様とマリア様のもとで、顔と顔を合わせて会おうね」とつぶやく。

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by lumenchristi | 2009-09-12 15:33

9.11

ヒストリー・チャンネルで、
9.11~アメリカを変えた102分~(102 minutes that changed America)を観た。
昨年アメリカで放映され、日本では初放送のドキュメンタリー。
あの惨劇を多くの人が目撃、録画したものを時系列に並べて編集してある。
この中で、とくに2機目の旅客機がワールド・トレード・センターに突っ込んだ時と
ワールド・トレード・センターが崩壊した時、
多くの人が、"Oh my God!"と叫んでいた。
字幕では、「なんてこと!」、「どうすればいいの!」というような表現になっていた。

あの中で、本当に「私の神」を呼び求めていた人はどのくらいいたのだろう。
神の目からあの光景はどのように見えたのだろう。

そんなことを考えていたら、FUSの元同級生から次のサイトを知らせるメールが来た。
さまざまな情報と思いが交錯する中で、
第一のことを第一に、と思う。

Where Was God on 9/11?

9.11に神はどこにいたのか?

「ワールド・トレード・センター(以下WTC)と国防総省が攻撃された時、神はどこにいたのか?」
と考えたことはあるだろうか。私は知っている、2001年9月11日の朝、私の神がどこにいたか。
しかも神は多忙だった!

神はあの4機の旅客機に人々が乗らないように妨害しておられた。
4機の定員は1000席以上だったのに、その日は266人しか搭乗しなかった。
神はこの4機に搭乗し、恐怖に襲われた乗客たちに平静を保つ能力を与えられた。
ハイジャックされた旅客機の乗客から電話を受けた家族や友人たちの中で、
乗客がパニック状態に陥っていたり背後から叫び声が聞こえていたと証言した人は一人もいない。
そして4機のうち1機では、ハイジャック犯たちに反撃する力を神は乗客たちにお与えになった。

神はWTCを職場とする人々が勤務開始時刻に到着しないように障害を造られるのにも忙しかった。
その日は50,000人以上の人が2棟のタワー内で働く予定だったのに、
20,000人しかオフィスにいなかった。
あの美しい朝、神は予期せぬ交通の遅れ、地下鉄の遅延、通勤電車の遅延をいくつも作られた。
満員のパス電車はWTCの手前で赤信号で遮られ、ジャージー・シティに引き返すことができた。
そして通常よりはるかに多くのミーティングがWTC以外の場所で予定されていた。

神は頑丈な両タワーを30分支えて持ちこたえさせ、下の階にいた人々が脱出できるようにされた。
そしてとうとう手を放されたとき、内側に崩れるようにされた。
もし外側に倒れていたら、もっと多くの犠牲者が出ていたはずだ。
周囲の6つの建物の土台も二つのタワーの崩壊で全壊したが、
神は中にいた人々が安全に避難するまで何十時間も支えてくださった。

そして、WTCと国防総省が全壊したとき、
私の神はご自分の子らの中から3500名を選び、永遠の我が家に運ばれた。
神はまた、腰をおろして19人の子を想って嘆き悲しまれた。彼らは心に憎しみを抱いたまま、
ご自分を選ばず存在しない別の神を選び、永遠に失われてしまったからだ。

傷ついた人々を救うために神は自然災害と対処する訓練を受けた人々を送られた。
そして必要とされる人々を助け手として何千人も派遣された。
そして、世界中の人々を一つにまとめた。
何千人もの人々の心を動かして泣かせ、何十万人もの人々を動かして祈らせ、
何百万人もの人々を唯一まことの生ける神に立ち帰らせた。

神の業はまだ終わっていない。毎日神は愛する者を失った人々を慰めておられる。
ご自分を知らない人々、ご自分を信じない人々に手を差し伸べるようにと
多くの人々を励ましておられる。
この偉大な国の指導者たちに力と確信を与え、
正義を行い、人気投票ではなく神のみ旨に従うように呼びかけておられる。

だから、「あの9月11日に、神はどこにいたのか?」と誰かが訪ねたら、こう答えることができる、
「神はいたるところにおられた! 実は、神は今日も、毎日、いたるところにおられる」と。
確かに、9.11は大多数の私たちが初めて目撃した最悪の大惨事だった。
神が私のそばにおられなければこのような困難な時を乗り越えられるなど想像すらできない。
神のいない人生は、絶望でしかない。

さらに・・・・。
ご存じの方も多いと思うが、ある会社の社長は9.11に生き残ることができた。
その日息子を幼稚園に送っていったからだ。
別の男性が今生きているのは、その日職場のおやつのドーナツを買っていく当番だったから。
別の女性が遅刻したのは、その日彼女の目覚まし時計が鳴らなかったから。
ある男性はバスに乗り遅れたために助かった。
別の女性は衣服に食べ物のしみをつけてしまったので着替えをする時間をとられた。
その日、誰かの車のエンジンがかからなかった。
別の人は電話が鳴ったので引き返した。
ある人は子どもがぐずぐずしたので家を出る時間が遅れてしまった。
ある人はタクシーをつかまえることができなかった。
私がおやと思ったケース。ある男性はおろしたての靴を履いていつもの通勤路を歩いていたら
途中で靴ずれができてしまったので、ドラッグストアに立ち寄ってバンドエイドを買った。
だから彼は今も生きている。

だから、渋滞に巻き込まれたり、エレベーターを1本逃してしまったり、
電話に出るために引き返す時、
私をいらだたせるこれらのささい出来事に遭遇したとき、
私はこう考えるようになった、
これこそ神がこの瞬間に私にいてほしい場所なのだと。

次にあなたの朝がうまくいかないように見えるとき、
子どもたちが着替えに手間取り、車のかぎが見つからず、出会う信号がすべて赤だとしても、
怒ったりイライラしたりしないで。神があなたを見守り、み業を行っておられるのだから。
神がそのようないらだたしいささいな物事を通してあなたを引き続き祝福なさいますように。
あなたはそのような小さな物事に込められた目的を思い出すことができますように。

David Ahl (lumenchristi訳)
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by lumenchristi | 2009-09-11 23:53
聖マリアの誕生 祝日 Feast of the Nativity of the Blessed Virgin Mary

イエスの母マリアの誕生を祝う典礼は
6世紀初頭にシリアかパレスチナで始まった可能性が高いそうです。
エフェソス公会議(431年)で「神の母」という称号が宣言され、
マリア様の生涯を語る新約聖書外典の影響が強かったようです。
なぜ9月8日なのか、確たる歴史的証拠のある説はないのだとか。
(Catholic Encyclopedia: Feast of the Nativity of the Blessed Virgin Maryより)

カトリック教会の典礼暦で誕生を祝う日は、
6月24日の洗礼者ヨハネの誕生と12月25日の主の降誕、
そしてこの二つの祭日のちょうど中間あたりにはさまれた今日の祝日、聖マリアの誕生、
この3つだけ。

イエスの母にして神の母として特別に神から選ばれた女の子の誕生を祝う9月8日を、
インドのカトリック司教団は今年から「女児の日」として
すべての女児の尊厳を祝うことに決定しました。
インド政府はすでに、「女児の日」を
インディラ・ガンジーが女性として初めて首相に就任した1月24日に定めていますが、
インドのカトリック教会は独自の使命感を信徒たちに浸透させるために
「女児の日」を聖マリアの誕生の祝日に重ね合わせたようです。

Save Girl Child Organization(女児救済機構)によると、
憲法で男女平等が保障されているにもかかわらず、
伝統やしきたりによっていまだに男尊女卑の強いインドでは、
出生前性別診断後の堕胎と出産後の乳児殺害によって過去20年間、
毎年推定50万人の女児が命を奪われています。
ですから、6歳未満の児童は男児1000人に対して女児927人しかいません。
男児1000人に対して女児800人の地域もあるそうです。
この927人の女児も大多数は低学年のうちに学校から連れ出され、
一家を支えるために農作業の手伝いをさせられるか児童労働に駆り出されます。
大人になっても、強姦、誘拐、結婚持参金にからむ死、殺人、性や奴隷を目的とする人身売買は
今日でも存在します。
教養ある家庭ですら肉体的性的虐待は実際に起こっています。
将来自分が学びたい学問を自ら選択することを許されていない女児は珍しくありません。

この情報を得たのは、
私が会員となっているエスナック教育里親グループから。
今年で創立30周年を迎えるこのNGOの代表、Sr.藤田文子とは
私が大学生の頃からの知り合いです。
1991年12月には、当時支援していた里子の男の子に会いにインド訪問も果たしました。
(現在はバングラデシュの神学生とエチオピアの女の子を支援中。)

f0185902_155130.jpg   Sr.藤田の最新著書、
   「あの輝いた瞳を!
      ~父の遺言と母の後ろ姿に押されて~」
   (文芸社、1470円)は、その30年の活動の軌跡と
   ご両親との交わりを記したもの。
   18年前に独身だった私がインド訪問後、
   「エスナック便り」に投稿した文章も
   3ページにわたって引用されています。
   心の豊かさとは何かを再考するには最適の一冊です。
   また、招きを感じた方は、教育里親になることも
   ぜひ考えてみてください。
   与える以上の恵みが与えられることをお約束します。
   あのゼノさんの決めゼリフを借りるなら、
   「コレ、マリアサマ、ヨロコビマス(^-^)」
   
      
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by lumenchristi | 2009-09-08 15:32