***輝け主の栄光***Shine, Jesus, Shine


by lumenchristi
カレンダー

<   2009年 08月 ( 18 )   > この月の画像一覧

夏の実り

年間第22主日

5週間続いて主日のミサで朗読されたヨハネによる福音書6章から
今日はB年の主役、マルコによる福音書に戻りました。
8月も終わり、子供たちの夏休みも終わり。
いろいろなところへ行って、いろいろな出会いがありました。
我が家の小さな菜園もよくがんばってくれました。
今は袋に隠れて巨峰が成熟中。
多くの夏の実りを神に感謝しつつ、次の季節に入ることにしましょう。

良い贈り物、完全な賜物はみな、上から、光の源である御父から来るのです。
(第2朗読 使徒ヤコブの手紙1・17、新共同訳聖書)

f0185902_1450272.jpg

[PR]
by lumenchristi | 2009-08-30 23:53 | 今日のみことば

燃える想い

聖アウグスチヌス司教教会博士 記念日


f0185902_9571211.jpg


8月9日に聖ドミニコについて思い巡らした時も同じように感じましたが、
今日の聖アウグスチヌス(354年~430年)も、
司教・教会博士という重責と権威を伴う使命を後半生で果たす原動力となったのは、
根源的な自己像、Beloved of the Lord (主に愛されている者)を見出したことでしょう。
33歳で大転換を体験するまでのBC(まさにBefore Christ, キリスト紀元前)時代の詳細は
昨日も紹介した名著『告白』に記されています。

『告白』の第10巻27章はアウグスチヌスが神に向かって歌った「愛の詩」です。
実際にアウグスチヌスが作曲したかどうかは分かりませんが、
「歌う者は二倍の祈りをするのです」(『詩編講解』72、1参照、と
注付きで『カトリック教会のカテキズム』1156に引用されています)と言った彼なら
きっとこの詩を口ずさんだに違いありません。

この詩にFranciscan University of Steubenville の卒業生、Martin Domanが美しい旋律をつけて歌にしました。(サビの部分は第1巻第1章から取られています。これも有名な箇所ですね。)
Martinは昨年の10月2日付で紹介した作家のRegina Domanの弟で、
もう一人のお姉さん、Alicia Hernonも賛美の歌のCDを出しています。
この二人のお姉さんもFUSの卒業生です。
Doman家は10人兄弟なのですよ。

私はこの歌を聞くと聖霊酔いします069.gif
もうCDは販売されていませんが、上記の公式ウェブサイトからダウンロードできるようです。
日本語に訳してみました。原詩はこちらからどうぞ。→Song Of Augustine


アウグスチヌスの歌                            作詞作曲 Martin Doman

こんなにも古く、でもこんなにも新しい美よ、
遅すぎた、あなたを知るのが。遅すぎた、あなたを愛するのが。

私はあなたの憐みを必要としてここに立っています。
あなたの内に私を新たにしてください。私の魂を満たしてください。
私はあなたを求めます、私の魂はあなたに飢え渇いています。


ああ神よ、あなたは私を創られた、
あなたの愛の内に永遠に生きるために。
だから私の心はあなたの内に憩うまで安らぎを得ることがないのです。

あなたはいつも私のそばにおられたのに、私はあなたから遠く離れていました。
あなたは私に向かって手を差し伸べておられたのに、私は背を向けていました。
私が手を伸ばしたのは創造主ではなく被造物、
あなたの手によって造られた美しいものでした。
でもこれらの陰さえあなたの愛は打ち破って現れたのです。

*くりかえし

あなたは大声で叫び、私のふさがった耳を貫かれた。
あなたは赤々と燃えて、私の盲目を追い払われた。
あなたは香り立つ息を私に吹きかけられた。
今でも私はあなたを慕い求める。
あなたは私に触れ、あなたの平和を求めて私は燃えたのです。

*くりかえし


f0185902_959457.jpg

[PR]
by lumenchristi | 2009-08-28 11:58 | 今日の出会い

聖人親子

聖モニカ 記念日


f0185902_23135735.jpg


2000年前はヨアキム&アンナとマリア、マリア&ヨセフとイエス、ザカリア&エリサベトとヨハネ、
100年ちょっと前にはルイ&ゼリー・マルタン(昨年列福)とテレジア、
そして1600年前にモニカとアウグスチヌス。
血において親子(ヨセフは世界一の養父として)、霊において兄弟姉妹の堅固で甘美な家族です。

モニカに対する崇敬は13世紀に広がり、5月4日が記念日だったそうです。
(New Advent Catholic Encyclopediaより)
いつこの記念日が移動したのか調べていませんが、
息子の帰天日(=記念日)の前日にお母さんのモニカの記念日を持ってくるなんて、
教会も粋な計らいをしたものです。

25年前に買ったアウグスチヌスの『告白』
(中央公論社刊世界の名著16〔最新版は14〕山田晶責任編集)。
ページの紙はすっかり赤茶けてしまいましたが、内容は少しも新鮮味と感動を失いません。
第9巻の8章から13章まで母モニカについて、
「それにしても、あのあなたの婢女〔しもめ〕について心にうかんでくることだけは、
省略するわけにゆきません」とことわって記しています。
10章~12章から、私の心に残る部分を(残念ながらところどころ省略しながら)紹介します。

               056.gif  056.gif  056.gif  056.gif  056.gif

さて、この世から母の去るべき日が迫っていたころ、(……)
私たちは二人だけで、ほんとうに楽しく語りあいました。
そして過去を忘れ、未来にむかって思いをはせながら、
真理なるあなたご自身のまします御前において、
聖者たちが未来においてうける永遠の生命とはどのようなものであろうかと、
たずねあっていました。(……)
話しあいながらこの世界が、すべての快楽とともにむなしいものに思われてきたそのとき、
母はいいました。

「わが子よ、私はといえば、この世の中にもう自分を喜ばせるものは何もない。(……)
この世にまだしばらく生きていたいとのぞんでいた一つのことがありました。
それは死ぬ前に、カトリックのキリスト信者になったおまえをみたいということだった。
神さまはこの願いを十分にかなえてくださった。おまえが地上の幸福をすてて、
神様のしもべとなったすがたまで私は見たのだもの。
もうこの世の中で何をすることがありましょう。」(……)

これにたいし何と答えたか、はっきりおぼえていません。
とにかくそれから五日たつかたたないうちに、母は熱を出して床についてしまいました。(……)
また後になって聞いたところによると、すでにオスティアに来てから、ある日私が不在のとき、
母は私の友人のある者たちと、この世のむなさしさ、死の善きことなどについて
母親らしい確信をもって語りあい、彼らがこの女性の勇気―あなたがそれを与えた―に驚いて、
故国からそんなに遠くはなれたところに身体をのこすのはこわくないかとたずねると、
「神さまからは遠くありません。世の終わりに神さまが、どこからよみがえらせたらよいか
ご存じないとこまるなど心配する必要はありませんよ」と答えたそうです。

このようにして、病んで九日目、母の五十六歳、私の三十三歳のとき、
その信仰深い敬虔な魂は、身体からときはなたれたのでした。

私は母の目を閉じてやりました。
すると胸さきに大きなかなしみがこみあげてきて、涙となってあふれだしました。
けれども私の目はただちに精神のきびしい命令をうけ、涙のみなもとを吸いあげ、
ついにかわかしてしまいました。しかしこの努力はじつにつらかった。(……)

それは、母の弔いを悲嘆や涙やためいきのうちにとりおこなうのはふさわしくない、と
かんがえたからです。というのは、多くの場合人々は、
亡くなった人が何かみじめであるかのように、
あるいは、まったく消滅してしまったかのように涙を流しためいきをついて嘆くのが常ですが、
母はみじめに死んだのではなく、完全に死んでしまったのでもありません。
このことを私たちは、母の日ごろの生活の実証と、いつわりのない信仰と、
確実な理由にもとづいて、確信していたのです。

では、心にひどい苦痛をおこさせたものは何であったのでしょうか。
それは、母といっしょに生活するというきわめて甘美で親愛な習慣から、
突然ひきさかれたために生じた新しい傷口にほかなりませんでした。
じっさい私は、最後の病気のとき、看護につとめる私をやさしくいたわって、孝行息子と呼び、
私の口から心を傷つけるひどいことばが投げかけられるのを一度も聞いたことがないと、
大きな愛情をこめて語った母の証言を、うれしくありがたく聞いていたのです。

しかし、私たちを造りたもう神よ。こんなことが何でしょう。
私が母に対して示した尊敬と、母が私につくしてくれた奉仕と、くらべものになったでしょうか。
それゆえ私は、このように大きな母のなぐさめを失ったのですから、魂は傷つけられ、
私の生と母の生とからできていた一つの生は、
いわばずたずたにひきさかれてしまったのでした。(……)

私はそれまで抑えていた涙をはなち、あふれたいだけあふれるにまかせ、
涙をもって心の床としました。そして心は涙のうちに安らぎを得ましたが、
それは、私の悲嘆を傲慢なしかたで解釈しようとする人間の耳ではなく、
あなたの耳がそこにあって嘆きを聞いてくださったからです。
 
[PR]
by lumenchristi | 2009-08-27 23:46 | 今日の出会い

キラキラ再び

聖バルトロマイ使徒 祝日

共観福音書(マタイ・マルコ・ルカ)で十二使徒の一人に数えられるバルトロマイ。
三福音書とも十二名の順番はほぼ同じで、
バルトロマイはいつも12人中フィリポ(5人目)に次いで6人目に名が挙げられています。
このバルトロマイ(「トロマイの息子」という意味)と
ヨハネによる福音書1章に登場するナタナエルは同一人物、というのが教会の伝統的な見解。
確かにヨハネ福音書でも、ナタナエルはフィリポ(明らかに友人か知人)に紹介されて
イエスと出会います。

3週間前に開催された(なんだかずいぶん前のような気がしてしまいます)
聖霊による関西大会の講師、ルフス神父様は、
「私の出身州ケララに最初に福音をもたらしたのはバルトロマイ(ナタナエル)で
1400年後にフランシスコ・ザビエルが再び福音をもたらしました」とおっしゃり、
使徒トマスのことしか記憶になかった私は
不意打ちをくらってしどろもどろ通訳になってしまいましたが008.gif
確かにバルトロマイはヘブライ語で書かれたマタイによる福音書を携えて
インドで福音を宣べ伝え、殉教した、という伝承があり、
この伝承を4世紀の教父が二人、記録に残しています。

今日の第一朗読を読んでいたら、
昨日与った主日のミサを思い出しました。
司式司祭は日本人とインド人のお二人、
40人ほどの会衆は日本人、フィリピン人、ブラジル人、ベトナム人と様々。
福音朗読と説教は日本語と英語で、
「御手の中で(In His Time)」も日本語と英語で歌い、
主の祈りは日本語とタガログ語(美しい歌)で、
最後のお知らせも日本語とタガログ語で。
いつか最高の宝石として輝く日を夢見て磨かれつつある今も
神の栄光を受けて小さなきらめき072.gifを放っているように
私には見えたのでした。

都は神の栄光に輝いていた。
その輝きは、最高の宝石のようであり、透き通った碧玉のようであった。

(ヨハネの黙示録21・11、新共同訳聖書)
[PR]
by lumenchristi | 2009-08-24 21:20 | 今日のみことば

Regina Coeli

天の元后聖マリア 記念日 ∞ Memorial of the Queenship of the Blessed Virgin Mary 

「天の元后」はラテン語のRegina Coeliの直訳なんでしょうね、きっと。
英語では「天の」とは敢えて言わず、queenship。
「元后」もこのマリア様の称号以外にはめったにお目にかからない日本語ですが、
いったいいつごろからこの訳語が使われているのか、
翻訳者としては興味があります。
この祝日が教皇ピオ12世によって制定されたのは1954年ですが、
ピオ12世が回勅Ad Caeli Reginam(バチカンの公式サイトで閲覧できる英語版)で
私たちに教えているように、
4世紀の教父たちはすでにマリアを「天の女王」と呼んでいたのですから。

今日の記念日と年間第20土曜日の朗読箇所は
何年に一度この組み合わせになるのかわかりませんが、
とてもふさわしいみことばだと思います。

第一朗読は、ダビデのひいおばあちゃんになった異邦人ルツの物語。
短い物語(新共同訳で8ページ)とはいえ、
昨日始まったばかりなのに今日は4ページも飛んで完結してしまいました。
皆さん、飛ばされている部分も読んでおきましょう。
ルツと姑ナオミとのやりとり、夫となるボアズとのやりとり、
どれも思いやりと慈しみに満ちています。

答唱詩編の128はマリアの生涯そのものです。

答唱: しあわせな人、神をおそれ、主の道を歩む者。
詩編: (……)
     実り豊かなぶどうの木のように、妻は家庭を潤す。

     オリーブの若木のように、子供たちは食卓を囲む。
     神の祝福がシオンから臨み、いのちのある限り、
     エルサレムの栄えと、数多くの子孫の群れを見る。

そして、マタイによる福音。

あなたがたのうちでいちばん偉い人は、仕える者になりなさい。
だれでも高ぶる者は低くされ、へりくだる者は高められる。
(23・11-12、新共同訳)

このイエスの教えを最も忠実に実行して救いのみ業に協力したのは、だ~ぁれ?
[PR]
by lumenchristi | 2009-08-22 23:01 | 今日のみことば

幼子のように


f0185902_1105756.jpg


帰省した折、介護老人保健施設に入所中の祖母を訪ねました。
農家の娘として生まれ、農家の嫁として生き、
祖父の戦死後女手一つで3人の子を育てました。
現在孫6人、ひ孫も6人。
御年96歳。耳は遠い、目はかすむ、けれど元気です。
明るい陽射しが差し込む清潔なホールの壁には、
ちぎり絵や折り紙細工の作品が飾ってあります。
昨夏初めて訪れたときも感じましたが、なんだか幼稚園みたい。
本物の幼稚園児のようにキャッキャと笑ったり走りまわることはありませんが
入所者のお年寄りは人生の波にさらされてさっぱりとしたお顔で
職員の皆さんに支えられて食事をし、入浴し、簡単な運動や手仕事をします。
入浴の介護を終えた3人の若い女性職員を見ました。
タオルを首にかけ、Tシャツの袖とショートパンツの裾をまくりあげて
元気よく浴室から出てきた姿は、
園児と一緒にプール遊びをし終わった幼稚園の先生のように見えました。
もちろんそれぞれに責任の重い仕事ではあるのですが。

祖母もいろいろ作品を仕上げていて、最新作を一つもらってきました。
発泡スチロールのボールに硬いプラスチックのネットがかかっていて
網目一つ一つにアクリルビーズを通した待ち針を挿してあります。
祖母は無心でこのリハビリ手芸をしたのかもしれませんが、
私には一つひとつのビーズが100年近い人生で祖母が体験した
喜びや楽しみや怒りや悲しみに思えてきます。
敬虔な仏教徒のゆえに私の信仰も理解してくれるおばあちゃんに
「父と子と聖霊の御名によって私はあなたを祝福します!」と
命の輝きを放つキラキラボールを見るたびに
遠くから祝福を送る孫娘です。

はっきり言っておく。
わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、
わたしにしてくれたことなのである。

(マタイによる福音書25・40、新共同訳聖書)

                                                (8月22日 記)
[PR]
by lumenchristi | 2009-08-17 12:00 | 今日の出会い
f0185902_21395891.jpg


ここ数年、聖母の被昇天は日本海側のとある教会でお祝いしています。
上の写真はその教会に隣接し、マリア様の称号をいただいている幼稚園。
夫は44年前たまたまこの近所に住んでいて、第一期生として入園・卒園しました。
初代園長先生は、スータンの裾をなびかせてさっそうとスクーターに乗る若き日本人神父。
子供心にカッコイイと憧れたそうな。
月日は巡り、その園長先生はベテラン神父となり、
数年前からこちらの教会の主任司祭として司牧しておられます。


f0185902_9351261.jpg


大ブレ+逆光で申し訳ない!
この教会の聖堂には屋根の傾斜に沿ってステンドグラスが設置されており、
ヨハネの黙示録12章(この祭日の第一朗読)から主要な場面が描かれています。
聖母の被昇天を祝うミサに与るには至れり尽くせりの環境です。

園舎は開設当時そのままの八角形の形をしています。
至福八端(マタイ5・3-12)の願いがこめられているのでしょうか。
「中の教室はどんな形なの?」と夫に聞いたら、「ヒ・ミ・ツ」だって。
その八角形の屋根の中心で天と地を結ぶように立ち、祈る姿のマリア様のご像に、
今御子キリストのかたわらで永遠を生きているマリア様、
地上のプロローグ(序章)を生きる子らのために絶えず祈っている「お母さん」を見ました。
                                                (8月20日記)

f0185902_21474268.jpg

[PR]
by lumenchristi | 2009-08-15 12:00

義の太陽のいずる国

聖マキシミリアノ・マリア・コルベ司祭殉教者 記念日

1991年8月と9月にアウシュビッツでコルベ神父様の殉教した飢餓室と
ワルシャワ郊外のニェポカラノフを訪問した私にとって、特別な日です。
コルベ神父様が長崎に設立された聖母の騎士社で印刷・発送されている
『毎日の黙想』の翻訳・校正のお手伝いを今こうやってさせていただいていることにも
不思議な導きを感じています。

コルベ神父様、あなたが福音の種を蒔かれた
この日本がいつか「義の太陽のいずる国」と呼ばれるようになりますように、
私たちのためにお祈りください!
[PR]
by lumenchristi | 2009-08-14 12:56

音の箱舟

年間第19水曜日f0185902_23361970.jpg

8月7日にお知らせした
パイプオルガン・コンサートに行ってきました。
川口リリアへは10年ほど前、
超教派の聖会の会場だったメインホールに
入ったことはあるのですが、
4階の音楽ホールに入るのは初めてです。
扉を開けて舞台の方を見ると、
ありました、パイプオルガンが。
でかっ005.gif
まるで箱船のような、一軒家のような、
楽器というよりは建造物のように見えます。

第一部は小品集。
14人のオルガニストが教会ではおなじみのメロディーを演奏しました。
身びいきで、教会学校で一緒だった4人の女の子(小2~中3)には拍手拍手拍手。

第2部はより聞きごたえのある楽曲を5人のオルガニストが演奏しました。
圧巻は、とりを務めたhildyさんの「マキシミリアン・コルベ神父に捧げる墓碑」(V.ブロイティガム)。
コルベ神父のPassion=受難=情熱があの狂気の時代を切り裂いて
天国を垣間見せてくれたような深く広く激しく優しい響きに包まれながら
1991年に訪れたアウシュビッツの飢餓室を思い出していました。

全身全霊で演奏するhildyさんはアーティストというよりアスリート。
あの1曲で2kgは痩せたのでは?と思わせるほどの熱烈演奏でした。

彼女が一番最後に演奏したのは、グノーの「アベ・マリア」。
キリストのように友のために命を捨てたコルベ神父がたどりついた天国の香りを思わせました。

ガビィさん、Lizaさんにも会えて、楽しい午後のひと時でした。
ブログを読んで私が来ることを知っていたというA子さん、
クッキーおいしかった! ごちそうさまでした。
[PR]
by lumenchristi | 2009-08-12 23:51 | 今日の出会い

アシジの珠玉

2009年8月11日(火)
聖クララおとめ 記念日

このブログに毎日記事を投稿する必要はないと思いつつも、
自分にとって身近な信仰の大先輩である聖人の方々の記念日・祝日となると、
つい書かずにはいられません。

今日は、アシジの珠玉(私が勝手に命名)、
聖クララ(1194年7月16日-1253年8月11日、イタリア語では「キアラ」)の記念日。

ルフス神父は『主は今生きておられる(Jesus Today)』の第一章で、
イエス本人に直接出会うまでいくつか段階があった、
最初は子供の頃に見た御絵や御像のイエス、
次は中高校の教科書に登場した奇跡を行うイエス、
三番目は歴史上実在したイエス、
四番目は偉大な教師イエス、
最後に、イエス「について」知るだけではなく、
今生きておられ、愛され愛する交わりを持つことのできる本物のイエス「を」知った、
と書いておられます。

私も聖クララについてはそのような段階がありました。

最初は、フランコ・ゼフィレリ監督の映画、「ブラザーサン、シスタームーン」(1972)で
当時18歳の愛らしい女優さん、ジュディ・バウカーが演じたクララ。
18歳でキリストのためだけに生きることを選んだクララの
「おとめの純情」は確かに伝わっていたと思います。

次は、1985年と1991年に訪れたアシジで肌で感じたクララの軌跡。
中世から何も変わっていないかのようなアシジの町、
とくに町の外れにたたずむサン・ダミアノ聖堂と
町のど真ん中にあり、クララの遺体が安置してある聖クララ大聖堂。
ここで18歳の頃だけではなく、クララの全生涯を感じとることができました。

最後に、しばらくご無沙汰しているものの、
私が「今生きているクララ」として知っているのが、
桐生市の聖クララ修道院のシスター方。
なんでしょう、あの沈黙のお皿に大盛りにされた賛美と喜びは。
貧しさを通してはじける豊かさは。
最近はホームページもあり、さすがテレビの守護聖人、クララの娘たちです。
(病に伏してミサに与れなかったクララが自室の壁に映し出されるミサを音声つきで見た
という逸話から、1958年に教皇ピオ12世がそのように指名しました。)
ただしインターネットがないので連絡は手紙、電話、FAXで、とあります。

貧しいクララ会の修道女とその天使たちの生活

このクララ会のような観想修道会は、キリストの体において、
「沈黙の臓器」と言われ、体の奥深くで代謝、排出、解毒、体液の恒常性の維持に貢献している
肝臓のような使命があるのではと思います。
そういえば、クララ会の修道服は肝臓の色(失礼)!?
一般信徒は体の表面にある手足や顔や背中など、さまざまな部分かな。

このキリストのおかげで、「体」全体は、
必要なものをもたらすあらゆる互いの触れ合いを通じて、
また、各部分の役割に従った働きに応じて一つに組み合わされ、
結び合わされて大きく成長し、愛に基づいて自分を築き上げていくのです。
                         (エフェソの信徒への手紙4・16、フランシスコ会訳聖書)

[PR]
by lumenchristi | 2009-08-11 22:55 | 今日の出会い