***輝け主の栄光***Shine, Jesus, Shine


by lumenchristi
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新たな日々へ

年間第13火曜日
第6回百日連続共同祈願ミサ 68/100日

f0185902_1431293.jpg   イエスのみ心の月も今日でおしまい。
   2009年の前半も今日でおしまい。
   パウロ年も昨日でおしまい。
   豊かな祝福を与えてくださった主に感謝しつつ、
   また新たな日々を歩もう。

   先週から第一朗読で進んでいる
   アブラハムの物語、
   今日はソドムの破滅から
   救われるロトと家族のくだり。
   とてもとても深い(創世記19・15-29)。
   ゆっくり思い巡らしていたら夜が明けてしまう。
   ためらうロトを主は憐れみ、
   背中を押すように避難させる。

   命がけで逃れよ。
   後ろを振り返ってはいけない。


でも、ロトの妻は後ろを振り返って塩の柱になってしまう。

上の写真は小5だった娘が理科の実験でモールを芯にして作った塩の結晶。
なんだか後ろを振り返っているロトの妻みたいだね、と言って、
その年の四旬節中ずっとテーブルの上に飾っておきました。

いっぽう、今日の福音朗読は、年間第12主日(6月21日)に朗読されたマルコによる福音書と
同じ内容のマタイ版で、イエスが嵐を静める物語。

行く手の嵐はイエスが鎮めてくださる。

ためらっても、恐怖にのまれそうになっても、
主は私たちとともにおられる。
   
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by lumenchristi | 2009-06-30 23:53 | 今日のみことば
聖ペトロ 聖パウロ使徒 祭日
第6回百日連続共同祈願ミサ 67/100日

夏時間のローマと日本の時差は7時間。
もうすぐ日本で30日0時、ローマで午後5時、
パウロ年閉年ミサが、城壁外の聖パウロ大聖堂で
パパさま、教皇ベネディクト16世の司式で祝われます。

パウロの墓の上に建てられたこの大聖堂と
パウロの殉教の地、トレ・フォンターネ、
私の記憶の中では同じ敷地内にあったのですが、
今調べたら数キロ離れていました。

その記憶は24年前、国連の国際青年の年だった1985年、
聖霊による刷新国際青年大会に日本代表の「青年」の一人として
参加させていただいた時のもの。
(同年ローマで開催された第1回ワールドユースデイとは別の集まりです。)
世界中から集まって来た300人の青年たちと3日間、
主を賛美し、共に祈り、信仰を分かち合い、
当時のパパさまヨハネ・パウロ2世と謁見し、
ローマの様々な教会やコロッセオ、カタコンベなど、信仰の足跡の地を訪れました。
トレ・フォンターネではトラピスト会の修道士さんから観想修道会の霊性について話を伺い、
全員でしばし黙想し、それから聖パウロ大聖堂でミサに与った、ようにおぼろげに記憶しています。

私にとって、この300人と3日間を共有した信仰共同体の体験は、
次のみ言葉が示す天国の現実を試飲しているようでした。

この後、わたしが見ていると、見よ、
あらゆる国民、種族、民族、言葉の違う民の中から集まった、
だれにも数えきれないほどの大群衆が、白い衣を身に着け、手になつめやしの枝を持ち、
玉座の前と小羊の前に立って、大声でこう叫んだ。
「救いは、玉座に座っておられるわたしたちの神と、小羊のものとである。」
(ヨハネの黙示録7・9-10、新共同訳聖書)


あれから四半世紀、
参加者の中にはすでにパウロのように義の冠を受けた人もいるでしょう。
この世で夫婦、親、独身、司祭、修道者として、決められた道を、
時には迷い、時には外れながらも、
信仰の創始者また完成者であるイエスを見つめながら
忍耐強く走り抜こうとしている人もいるでしょう(ヘブライ人への手紙12・1-2)。

あのとき一緒に主を賛美した兄弟姉妹のみんな~!
今度は天国で一緒にイエスさまの輝くみ顔を仰ぎ見ながら
永遠に礼拝しようね~!

My dear brothers and sisters who praised Jesus Christ our Lord together
   at ICCRS' International Youth Consultation held at Rome in September, 1985,
May He continue to pour out His Spirit upon each one of us
   as we persevere in running the race which lies ahead
      until we reach the goal, reunited to worship Him forever and ever!

                                  From a former delegate from Japan

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by lumenchristi | 2009-06-29 23:57
年間第13主日
第6回百日連続共同祈願ミサ 66/100日

f0185902_10194393.jpg   昨年の6月29日から始まったパウロ年。
   あと1日を残すところとなりました。
   今晩はローマで祝われる閉年記念ミサに先駆けて、
   イタリア産のスパークリング・ワインで乾杯!
   夫(堅信名パウロ)は全然知らずに
   買っておいたようですが、
   ドラマに登場した有名なワインでした。
   ドライでおいしかったです。
   
   今朝は転入して2か月、やっと所属教会の
   主日のミサにあずかることができました。
   説教の時間には「聖パウロ年のミサ」というタイトルの
   司教様のメッセージが朗読されました。
   
   司教様はご自身でパウロに共感したことを
   3つのみ言葉に絞って信徒たちと
   分かち合ってくださいました。


1. サウル、サウル、なぜ、わたしを迫害するのか。
   (使徒言行録9・4、新共同訳聖書、以下同様)


   パウロは、自分自身がイエスと出会い、回心した体験を人々に分かち合った。
   これが福音宣教の出発点。
   私たちは自分自身のキリストとの出会い (personal encounter with Jesus)を
   ためらわずに分かち合うことができるだろうか?

2. 喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣きなさい。
   互いに思いを一つにし、高ぶらず、小さくされた人々と交わりなさい。
   (ローマの信徒への手紙12・15,16)


   聖書で「聖なる者たち」(複数)とは、小さくされていた人々、貧しくされた人々のこと。
   ペトロと同様、パウロは小さくされた人々を一人ひとり大切にしていた。
   この小さくされた人々と共に歩むとき初めて信仰共同体は霊的に豊かになる。 

3. わたしは、あなたの涙を忘れることができません。
   (テモテへの手紙二 1・4)


   パウロは一人ひとりと深くかかわろうとした。
   そして、パウロも弱さや苦悩をもって歩んでいた。
   私たちも皆、弱さを持つ人間。
   互いに兄弟姉妹として助け合い、赦し合い、
   共に喜び、共に泣く共同体として歩んでいきたい。

私もこの1年、家族と祈るときには、最後に、
「今年教会がお祝いする使徒聖パウロ、私たちと教会のため、
とくに日本の教会のために神に祈ってください」と祈ってきました。

「パウロは何を伝えたかったのだろう?」もそうですが、
「パウロって、どんな人だったの?」と問いながら、
パウロ探しの1年を楽しんできたように思います。
『使徒言行録』が続けて朗読された復活節中は、とくにそうでした。

キリスト者を迫害していた頃から明らかなように、何につけても情熱の人。
イエスと出会ってからは、聖霊の油を注がれてますます燃え上った使徒パウロですが、
こんな熱い人が四六時中私のそばにいたら、時々距離を置きたくなるだろうな042.gif
『コリントの信徒への手紙一・二』を読んでも、
ほめているようで実は皮肉っているという部分もずいぶん見受けられるし。
「慰めの子」バルナバとは一時期別行動でしたが、いいコンビだったのでしょうね。

私がいつも苦笑せずにはいられないのは、
トロアスという町で、翌日出発する予定のパウロが人々の前で夜中まで延々と話し続け、
窓に腰かけていたエウティコという青年が、眠気を催して三階から下に落ち、死んでしまったけど、
パウロは降りて行き、彼を生き返らせ、また上に行って夜明けまで長い間話続けてから出発した、
というエピソード(使徒言行録20・7-11)です。

一方で、愛弟子テモテに、「あなたが来るときには、
わたしがトロアスのカルポのところに置いてきた外套を持って来てください。
また書物、特に羊皮紙のものを持って来てください」(テモテへの手紙二 4・13)
と頼んでいるパウロを妙にかわいいと思ったり。

f0185902_1294184.jpgこのスパークリング・ワインのコルク栓、
上の写真のように外側にはにっこり顔、
ポンッ!と抜いてひっくり返すと大きな星が出てきます。
パウロが自分を通して伝えたかったのは、
「生きているのは、もはやわたしではありません。
キリストがわたしのうちに生きておられるのです」
(ガラテヤの信徒への手紙2・20)とまで言わせた
世の光、キリストでした。

     今も、いつも、世々に、使徒聖パウロを通して、イエスは賛美されますように069.gif
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by lumenchristi | 2009-06-28 23:50

御手の中で

年間第12土曜日
第6回百日連続共同祈願ミサ 65/100日

サラはひそかに笑った。
自分は年をとり、もはや楽しみがあるはずもなし、
主人も年老いているのに、と思ったのである。
主はアブラハムに言われた。
「なぜサラは笑ったのか。
なぜ年をとった自分に子供が生まれるはずがないと思ったのだ。
主に不可能なことがあろうか。
来年の今ごろ、わたしはここに戻ってくる。
そのころ、サラには必ず男の子が生まれている。」
サラは恐ろしくなり、打ち消して言った。
「わたしは笑いませんでした。」
主は言われた。「いや、あなたは確かに笑った。」
(創世記18・12-15、新共同訳聖書)


主よ、私は自分の思い、言葉、行い、怠りを
ありのままあなたに手渡しすればいいのですね。
打ち消す必要はないのですね。

笑ったら、笑った。003.gif
   泣いたら、泣いた。007.gif
      怒ったら、怒った。022.gif
         悩んだら、悩んだ。039.gif
            傷ついたら、傷ついた。054.gif
               傷つけたら、傷つけた。002.gif
                  赦せないなら、赦せない。033.gif

                  051.gif御手の中ですべては変わる賛美/感謝に060.gif
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by lumenchristi | 2009-06-27 23:22

花から実へ

年間第12金曜日
第6回百日連続共同祈願ミサ 64/100日

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5月7日付「家の奥」で紹介した写真で花を咲かせていたぶどうの木が実をつけ始めました。
これ、巨峰なんですよ。赤く色づくまでまだまだ時間がかかります。
そろそろ袋をつけなきゃ、と我が家の農夫は言っております。
5月に降った激しい雨のせいで実がずいぶん落ちてしまった、と悔しがっていました。

f0185902_0233769.jpg   ぶどうの木の中では
   様々な生命の営みが
   ありまして、
   クモは巣をかけて
   獲物を狙い、
   種類はわかりませんが
   青虫たちは柔らかい葉を
   モグモグ食べて
   レース編みのように
   してしまいます。
   敵ながらあっぱれ!?

f0185902_0235018.jpgしかし被害を増やさないために
青虫には退去していただきました。

5月28日付「平和の花」で紹介した写真で
花を咲かせていたオリーブの木も、
このとおり、実がつきました。

7年前にMさん夫妻から
結婚祝いのお返しにいただいたオリーブの若木、
「花は咲くけど実は成らないんですって」
と説明を受けたのですが、
4年前だったか、突然実を発見。
「これはもしかしてもしかしたら・・・」
と思っていたら、やっぱり!

Mさん夫妻に待望の赤ちゃんが生まれるというお知らせが入ったのでした。

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神は言われた。
「あなたの妻サラがあなたとの間に男の子を産む。
その子をイサク(彼は笑う)と名付けなさい。」
(創世記17・19、新共同訳聖書)

妻は家の奥にいて、豊かな房をつけるぶどうの木。
食卓を囲む子らは、オリーブの若木。
見よ、主を畏れる人はこのように祝福される。
(詩編128・3、新共同訳聖書)

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by lumenchristi | 2009-06-26 22:56

レクチオ・ディヴィナ

年間第12木曜日
第6回百日連続共同祈願ミサ 63/100日

5月20日付「おいしい五重奏」で書いた同じ5人が
昨日また会ってレクチオ・ディヴィナで聖書のみ言葉を通して祈りました。
私は4回目。いつもその週の主日に朗読された福音書を読んで祈り、分かち合います。
今回はちょうど年間第12主日の「聖書と典礼」に
「神的読書とは」というタイトルでレクチオ・ディヴィナを紹介するコラムがあったので、
励まされているような気がして皆で喜びました。

先月は五重奏のようだと表現しましたが、
今回は、20年前、たった3年ですが、茶道を習っていたときに
濃茶をいただいた記憶と重なりました。
薄茶は一人一椀ずつ出されますが、
濃茶は一椀を数人の客で回し飲みします。

これは、聖体拝領と意味としては共通点があり、
最近は司牧上の理由からでしょうが特別な機会にしか与ることのない
カリスに直接口をつけて御血を拝領する形とまったく同じです。
千利休はキリスト教の宣教師たちとも交流があり、
茶の湯の所作に当時のミサの所作を取り入れたのでは、と聞いたことがあります。

聖書のみ言葉もとても濃く、
じっくり味わい、
違う味覚の持ち主である私たちが
短く自分の言葉で「分かち」+「合い」ます。
すると、その一椀の茶を点ててくれた一人の聖なる亭主の姿が見えてくるのです。

5月25日付「どうしよう((+_+))」で紹介した本のうち、
『イエスは今日も生きておられる』は、聖霊による刷新関東大会に合わせて完読。
今度は『目からウロコ 聖書の読み方ーレクチオ・ディヴィナ入門』
(来住英俊著、女子パウロ会、2007年)を読み始めました。
が、この薄い「入門書」も中身が濃そうなので、
レクチオ・ディヴィナ方式でじっくり読まないと
自分の「糧→肉」066.gifにならなそうです。
幼かった娘に食事時に言い聞かせていたように、
「よ~ぉくカミカミ、モグモグして」いただきます。

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by lumenchristi | 2009-06-25 22:29

あと半年でクリスマス!

洗礼者ヨハネの誕生 祭日
第6回百日連続共同祈願ミサ 62/100日

f0185902_16151112.jpg夏至の頃祝う今日の祭日は、英語では、
Solemnity of the Nativity of Saint John the Baptist.
半年後、冬至の頃祝う「主の降誕」、つまりクリスマスは、
Solemnity of the Nativity of Our Lord Jesus Christ.
ルカによる福音書の1章を読むと、
母エリサベトの胎内に宿った瞬間から
ヨハネはイエスの先駆者だったことが分かります。
親戚同士で6か月年上のヨハネ、でもある意味
イエスとは双子の兄弟みたい。
今日は「主の降誕」のように前晩のミサだってあります。
主の祭日以外の聖母と聖人の祭日の中で
前晩のミサが祝われるのは、
私が調べたかぎり(見落としがあるかもしれませんが)この洗礼者ヨハネの誕生と、
6月29日の聖ペトロ聖パウロ使徒と8月15日の聖母の被昇天だけです。

今日はまた、私にとって、Franciscan University of Steubenville
修士課程の卒業試験(Comprehensive Exams)受験20周年記念日です。

20年前の今日、キャンパス内のチャペルで正午のミサに与り、
今日と同じようにイザヤ書が朗読され、
「わたしはあなたを国々の光とし(……)」(イザ49・6、新共同訳聖書)と聞いて、
「国々の光=a light to the nations=Lumen Gentium」だから、
第二バチカン公会議公文書の『教会憲章』(Lumen Gentium)について小論文を書く問題は出る!
と確信を抱いて午後からの試験に臨んだことを覚えています。
6問中3問を選択して答える形式だったと思いますが、
一つは確かに『教会憲章』に関する問題でした。

今日はミサに与ることはできませんでしたが、
レクチオ・ディヴィナ(Lectio Divina)で聖書のみ言葉を祈る小さな集いに
今月も参加することができました。この恵みについてはまた明日。

今日の夕食の一品は、洗礼者ヨハネを記念して、
いなごの野蜜添え(マタイ3・4、マルコ1・6)011.gifではなく
(材料もレシピも見当たらず・・・あっても調理する勇気はありませぬ)、
A Continual Feast: A cookbook to celebrate the joys of family and faith
          throughout the Christian year
(Evelyn Birge Vitz, Ignatius Press, 1985)
(『絶え間ない祝宴ー教会暦を通して家族と信仰の喜びを祝うレシピ集』)に
"A Biblical Dinner"(聖書時代の晩餐) の一品として紹介されている
Cucumbers with cumin and yogurt (きゅうりのヨーグルトとクミン和え)を作ってみました。
みじん切りにしたきゅうりと玉ねぎ、クミンとヨーグルトと塩コショウをよく混ぜて1時間冷やすだけ。
本には四旬節に食べる一品として紹介されていましたが、
今日のような暑い日にはさっぱりとしておいしいおかずだと思いました。
トマトとも相性がいいみたいです。
クミンの風味のせいで、娘は「(時々食べてみたくなる)タコスみたいな味だね」と言い、
恐る恐る食べた夫は「・・・変な味。」と言いつつ完食。
著者によると、イエスの時代にはヨーグルトではなく凝乳を使っていただろうけれど、
本物に近い味になっているそうです。
洗礼者ヨハネも荒れ野に出て行くまで
お母さんのエリサベトが作ってくれたこの料理を食べていたかもしれませんね。

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by lumenchristi | 2009-06-24 23:17
年間第12火曜日
第6回百日連続共同祈願ミサ 61/100日

暑~い1日でした058.gif

今日はPTAの当番で中学校に行きました。

まだ初々しい1年生、
勉学はいざ知らず部活に力が入る2年生、
高校受験が視界に入ってきてちょっぴり緊張感漂う3年生。

行き交う生徒たちに「こんにちは~!」と声をかけます。
心の中では「シャローム! 主の平和!」と叫びながら。
「こんにちは」と応答してくれる子、会釈する子、
目をそらす子、無言の子、いろいろです。
幼稚園の頃から知っている子もいて、
みんな本当に大きくなったね。
この10年の間にたくさん愛されてきたかな。

けだるそうに廊下に寝そべっている子に声をかけたら、
「かんけぇねえよ」とつぶやきました。

「そうかなあ」とおだやかながらも
その場ではそうとしか言えなかったおばさん。

1日の終わりに
心の中でイエス様経由でその子に話しかけました。

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「かんけぇなくねえよ。
きみは世界中の人とつながっている。
きみの着ているジャージだって、
遠い国の誰かが採取した石油や綿花を
別の誰かが繊維にして
別の誰かが織り上げて
別の誰かに運ばれて
たぶんきみのお父さんやお母さんが買ってくれて
たぶんお母さんやおばあちゃんが洗濯してくれている。

他国の人々から奪い取るようにして
モノだけは有り余るこの国に生まれ育ったきみが
たくさん発見をして
心豊かな大人に成長しますように、
私は父と子と聖霊のみ名によって
おめえを祝福するってばよ!」
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by lumenchristi | 2009-06-23 22:22 | 今日の出会い
年間第12月曜日
第6回百日連続共同祈願ミサ 60/100日

f0185902_129876.jpg   昨日でとうとう主日も
   「年間(英語でOrdinary Time、
   通常期)」に入りました。
   あとは教会暦で
   1年の最終主日にあたる
   11月22日の
   「王であるキリスト」の前週まで
   5か月ずっと、「年間XX主日」と
   数字で数えていく主日が続きます。
   典礼の色は、希望を表す




今現在我が家は諸事情により、所属教会で午前9時に祝われる主日のミサには
ほとんど与ることができません。
それでもなるべく家族一緒にミサに与りたいので、
土曜日の夕方や日曜日の午後にミサが祝われている近隣の教会を訪れています。
昨日は8か月ぶりにお隣の教区のA教会で午後6時のミサに与りました。
閉祭後、聖堂を出たところで声をかけてくださった方がいました。
私たち家族が月に1~2回日曜日の午後のミサに与らせていただいている教会の信者さんでした。
そこは小さな教会で、新顔だとすぐに分かるので、
その方も以前私たちにお声をかけて覚えていてくださっていたのです。
私の方はお顔をまったく覚えておらず、恐縮するばかり、012.gif
でも、とてもうれしかったです。043.gif

「このような日常の祝福は、形を変えて他の人々にも分かち合うんだよ、
あなたはわたしの祝福なのだから」と
イエスが私の心にささやかれたような気がしました。

主はアブラムに言われた。
The Lord said to Abram:

「わたしはあなたを大いなる国民にし
"I will make of you a great nation,

あなたを祝福し、あなたの名を高める
and I will bless you; I will make your name great,

祝福の源となるように。」
so that you will be a blessing."

(創世記/Genesis 12・1-2, 新共同訳/New American Bible)

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by lumenchristi | 2009-06-22 12:18

父の喜び

年間第12主日
第6回百日連続共同祈願ミサ 59/100日

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先月の「母の日」に娘が5歳の時に描いた絵を載せましたが、
これは現在13歳の彼女が父親のリクエストに応じて
「父の日」にプレゼントした肩叩き券。
夫は、「もったいないから額縁に入れておこうかな」と
デレデレと喜んでいました。

天におられる私たちのお父さんにも、
イエス様と共に、

       おとうさん、
    いつもありがとう
043.gif

いまだかつて、神を見た者はいない。
父のふところにいる独り子である神、
この方が神を示されたのである。
(ヨハネによる福音書1・18、新共同訳聖書)

こういうわけで、わたしは御父の前にひざまずいて祈ります。
御父から、天と地にあるすべての家族がその名を与えられています。
どうか、御父が、その豊かな栄光に従い、
その霊により、力をもってあなたがたの内なる人を強めて、
信仰によってあなたがたの心の内にキリストを住まわせ、
あなたがたを愛に根ざし、愛にしっかりと立つ者としてくださるように。
(エフェソの信徒への手紙3・14-17、新共同訳聖書)

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by lumenchristi | 2009-06-21 23:11