***輝け主の栄光***Shine, Jesus, Shine


by lumenchristi
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<   2008年 10月 ( 5 )   > この月の画像一覧

第31日 ∞ Day 31

10月15日(水)
聖テレジア(イエスの)おとめ教会博士 記念日
(1515-1582)

金木犀の香りは薄れてきたけれど、
洗濯物を干していてふと眼をあげたら、
我が家のヒイラギモクセイが白い花を咲かせていた。
色も香りも目立たないけれど。

神の園にも人目を惹く花もあれば控えめな花もありで
とても豊かです。
今日教会が祝うアビラの聖テレジア。
残してくれた著作からは500年後の今もキリストの香りがします。
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by lumenchristi | 2008-10-15 10:22

第20日 ∞ Day 20

10月4日(土)
アシジの聖フランシスコ

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3年前、銀座の教文館で、藤城清治さんご本人にサインしてもらった影絵ポスター。
受付スタッフの方がこのポスターを差し出す小学生の娘を見て、
「シブいわねぇ」とつぶやいたことを覚えています。

クリスチャンの藤城さんがよみがえらせたフランシスコですもの、
渋くたって喜びにあふれています。

私が子どもの頃、母は「暮らしの手帳」誌に掲載されていた
「お母さんが読んで聞かせるお話」を読んでくれていて、
その挿絵が藤城さんの影絵でした。
当時は白黒印刷だったような気がするけど、
影絵に登場する主人公の目が横顔でも正面を見ているような形なのが不思議で、
そして優しくて、好きでした。

同じ優しさをたたえた目を持つこの「聖フランシスコと小鳥たち」、
我が家の居間で歌っています。

おお すべての 被造物よ
主をたたえ 祝し 感謝せよ!
深くへりくだって主に 仕えよ

   ~兄弟太陽の歌、最終節、「フランシスコと共にいたわたしたちは」(あかし書房、1985年)より
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by lumenchristi | 2008-10-04 21:49

第19日 ∞ Day 19

10月3日(金)

主は嵐の中からヨブに答えて仰せになった。
(ヨブ記38・1、新共同訳聖書)


ヨブのように私も神にもの申し立てた時期があった。
ヨブの3人の友、エリファズ、ビルダド、ツォファルのように
慰め力づけてくれようとした人々がいた。
私の心はボロボロだったので、
彼らの善意も空しく聞こえた。
直接神と対決したかった。
なぜ私には嵐の中から答えてくださらないのかと。

だんまりを決め込んでいたある日、
TVドラマのセリフ一言を通して神は語られた。
私は闇から立ち上がり、再び光の中を歩み始めた。

          
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by lumenchristi | 2008-10-03 21:46

第18日 ∞ Day 18

10月2日(木)
守護の天使記念日


なあんてさわやかな秋晴れ!
久々に車ではなく自転車で買い物に出た。
金木犀の香りが鼻をくすぐる。

今日は、この世に生命の賜物を受けた瞬間から
人間一人一人に専属の天使が生涯付き添って助けてくれるという
守護の天使の記念日。

これらの小さい者を一人でも軽んじないように気をつけなさい。
言っておくが、彼らの天使たちは
天でいつもわたしの天の父の御顔を仰いでいるのである。
(マタイによる福音書18・10、新共同訳聖書)


娘がまだ寝返りのできない赤ちゃんだったころ、
ときどき目には見えない何かを
にこにこしながら目で追っていた。
絶対に守護の天使を見ているのだと思っていた。

私の愛する母校の一つ、
Franciscan Univerisity of Steubenville の卒業生の一人、
Regina Domanが、
Angel in the Waters(「水の中の天使」)
という美しい絵本を出版している。

きっかけは、
2歳になる前に話し始めた末の妹さんに、
「ママのおなかの中にいたときのこと覚えてる?」
と尋ねたところ、
「うん。あったかくて、暗くて、天使がいたの。」
と答えたことだとか。

日本語版が出版されるなら
ぜひ私に翻訳させてほしい、と
面識のある彼女に頼もうと思っている。
内容は単純だけと深いので、
日本語訳は苦労するかもしれない。
御旨ならば、と祈る。

          * * * * * * * * * *

Thursday, October 2
Memorial of the Guardian Angels


What a crystalline autumn sky!
It drove me to go to a nearby supermarket by bicycle instead of car.
Sweet fragrance of orange osmanthus blossoms
has started wafting in the air.

Today the Roman Catholic Church celebrates
memorial of the guardian angels,
each of whom she believes to be personally appointed by God
at the moment of conception of every one of us human beings
to guide and help us for the rest of our lives.

See that you do not despise one of these little ones,
for I say to you that their angels in heaven
always look upon the face of my heavenly Father.
(The Gospel according to Matthew, 18:10, NAB)


When my daughter was a baby, still unable to roll over,
she used to follow something invisible moving
with her smiling eyes.
I still believe that she was watching her guardian angel.

Regina Doman,
alumna from one of my beloved alma maters,
Franciscan Univerisity of Steubenville ,
has published a beautiful picture book titled:
Angel in the Waters.

The story was triggered by asking her youngest sister,
who started talking before she turned two years old,
if she remembered being in Mommy's tummy.
Her answer was:
"Yes, it was warm, and dark, and there was an angel there."

I personally know her
and am going to ask her
to let me tranlate the book into Japanese
if the Japanese version is published.
I know it will be quite a challenge
because each sentence is very simple and yet very profound.
"Fiat" is my prayer.
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by lumenchristi | 2008-10-02 13:25

第17日 ∞ Day 17

10月1日(水)
聖テレジア(幼いイエスの)おとめ教会博士
記念日


10月の入口でにっこり微笑んでいるのは
リジューの聖テレジア(1874-1897)です。

15歳でカルメル会に入会、
20歳で修練長補佐、
24歳で結核で帰天。
列聖されたのは1925年、異例の速さ。
それほどこの「小さき花」の短い生涯は
短期間で世界規模のキリストの証となったのです。

彼女と4人の姉全員が修道女として生きる道を選びました。
彼女たちの両親、ルイとゼリー・マルタン夫妻は
今月19日、「世界宣教の日」にリジューで列福されます。

テレジアが故教皇ヨハネ・パウロ2世から
「教会博士」の称号を与えられたのも
1997年10月19日の「世界宣教の日」でした。

私が洗礼を受けた時、
霊父M神父から、
「私が子供のころから大好きな本でした」と言って、
聖テレジアの「自叙伝~ある霊魂の物語」を
渡されました。

でも、この清く正しく美しい修道女は
自分とはあまりにもかけ離れている気がして
しばらく読む気になれませんでした。

数年後、病気でふせっていたとき、
ふと手にとり、一気に読みました。
色も形も違うけれど
イエスの愛、イエスに対する愛、宣教の熱意、苦しみと試練で
つながっている、と感じました。

彼女の遺体は普段リジューに安置されているのですが、
時々遠出するらしく
1995年5月、私が新婚旅行でパリにいたときも
市内の教会を訪問中でした。
確か列聖70周年記念だったと思います。
彼女の棺は小さくて、薔薇の花に埋もれていました。

生前約束したとおり、
彼女は確かに命に入り、
今は天国から薔薇の雨を降らせています。
昨日の福音朗読で、
「主よ、お望みなら天から火を降らせて、彼らを焼き滅ぼしましょうか」
(ルカによる福音書9・54、新共同訳聖書)

と言ってイエスに戒められた使徒ヤコブ・ヨハネ兄弟も
頭をかきながらこの愛らしい妹の作業を見ているかも。

鋤に手をかけてから後ろを顧みる者は、
神の国にふさわしくない。
(ルカによる福音書9・62、新共同訳聖書)

聖テレジアの生涯は、
神の国にふさわしい
潔い生涯でした。

          * * * * * * * * * *

Wednesday, October 1
Saint Thérèse of the Child Jesus,
Virgin and doctor of the Church


Smiling at the threshold of October
is St. Thérèse of Lisieux.

Entered the Carmel at the age of 15,
Appointed to assist the Novice mistress at the age of 20,
Died of tuberculosis at the age of 24.
She was canonized in 1925 with exceptional speed,
which shows how the short life of this "Little Flower"
bore witness to Christ worldwide in a short period of time.

She and her four sisters all chose to live as a nun.
Their parents, Louis Martin and Azélie-Marie Guérin,
will be beautified at Lisieux on World Mission Sunday, October 19.

Thérèse was also given the title of Doctor of the Church
by Pope John Paul II
on World Mission Sunday, October 19 in 1997.

When I was baptized,
Fr. M, my spiritual father, handed me
an autobiography of St. Thérèse, Story of a Soul ,
saying,
"This has been one of my most favorite books since my childhood."

But I didn't feel up to reading it for a while
because this pure and clean and beautiflu nun
seemed very different from me.

Several years later,
I was sick in bed,
picked up the book out of a whim,
and finished reading it in one day.

Yes, Jesus' love for her, her love for him,
her zeal for evangelization, and her suffering and trials
are all different from mine in color and shape,
and yet I could relate to her.

Her remains rests in Lisieux,
but she sometimes "goes out."
She was visiting a church in Paris in May, 1995,
when I was there on honeymoon,
most probably for the 70th anniversary of her canonization.
Her reliquary was small and surrounded by dozens of roses.

As she had promised in life,
she has entered not into death but into life,
and is letting from heaven a shower of roses.
Sts. James and John, in the Gospel reading yesterday,
who asked Jesus if he wanted them
to call down fire from heaven to consume the villagers in Samaria
and were rebuked by the Lord,
may be scratching their heads in embarrasment
and happily watching what their lovely sister is doing.

“No one who sets a hand to the plow
and looks to what was left behind is fit for the Kingdom of God.”
(The Gospel according to Luke 9:62, NAB)


St. Thérèse did live a courageous life
fit for the Kingdom of God.
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by lumenchristi | 2008-10-01 17:23