***輝け主の栄光***Shine, Jesus, Shine


by lumenchristi
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カテゴリ:主婦の神学( 3 )

年間第11木曜日
第6回百日連続共同祈願ミサ 56/100日

冷蔵庫は、「食品の冷却や貯蔵のために使用される、内部を低温に保つ装置を施した箱」です。
(三省堂『大辞林』より)

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私たちも心に記憶や知識や思考や感情などいろいろな物を貯蔵し、
必要に応じてそれらを出し入れしています。

今は電気冷蔵庫が主流ですが、
50年前、つまり私が生まれた頃は、映画「ALWAYS 三丁目の夕日」にもあったように、
冷却源は氷屋さんが運んでくる大きな氷で、まさにアイスボックス(icebox)でした。
冷蔵庫は「内部を低温に保つ装置」がないとその機能を果たせません。
多くのご家庭でそうだと思いますが、
我が家でも節電のためにテレビや洗濯機など使わないときはビシバシ電源を切っています。
が、冷蔵庫だけは数日家を空ける場合も電源につないだままにしておきます。
でないと、冷蔵庫本来の機能が果たせないから。

私たちの心も生まれながらに電気冷蔵庫なのですが、
この世にその存在を造られた瞬間、
つまり母親の卵子と父親の精子が合体して
母親でもなく父親でもないまったく新しいDNAの組み合わせを備えた一人の人間として
存在し始めた瞬間から、
まるで「みにくいあひるの子」のように自分の本来の姿を知らず、
誰かに教えられるまで
自分の心が電気冷蔵庫ではなく一昔前のアイスボックスだと思い込んでいます。
遅かれ早かれとけてなくなってしまう氷をたえず補充しなければいけないと考えるのです。

『カトリック教会のカテキズム』
              第1編 信仰宣言
                   第2部 キリスト教の信仰宣言
                        第1章 わたしは父である神を信じます
                             第7節 堕罪
                                    要約より

415 「人間は神によって義の中に置かれたのですが、悪霊に誘われて、
歴史の始めから、その自由を濫用し、神に対立するものとなり、
自分の完成を神のほかに求めました」(『現代世界憲章』13)。 

416 最初の人としてのアダムは、ただ自分のためだけでなく、
すべての人間のために神から与えられた原初の聖性と義を、その罪によって失いました。

417 アダムとエバは子孫たちに、
自分の最初の罪のゆえに傷つけられ原初の聖性と義を失った人間の本生を伝えました。
この欠如の状態が「原罪」と呼ばれます。

418 原罪の結果、人間の本性は強さを失い、
無知と苦と死に支配され、
罪への傾き(この傾きが「欲望」と呼ばれます)を持つようになりました。


f0185902_1624522.jpg電気コードのプラグを正しい電源(power source)、
聖霊の差し込み口につないで初めて、
つまり洗礼を受けて初めて、
心は永遠の領域につながり、
最大限に生かされる可能性に開かれます。
聖霊には停電がありません。
私たちが自らの意志で
(幼児期には保護者の意志で)
プラグを抜いたり
スイッチを「切」にしないかぎり、
この冷蔵庫の冷却機能は有効です。   

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『カトリック教会のカテキズム』
第1編→第2部→第1章→第7節・堕罪→3・原罪→アダムの罪が人類にもたらした結果より

403 教会は、聖パウロに続いて、つねに次のように教えてきました。
人間を抑圧するはかりしれない悲惨と、人間の悪への傾き、死すべき運命の由来は、
アダムの罪およびアダムがわたしたちすべてに罪を伝えた
という事実との関連なしには理解できません。
その罪とは、人が生まれながらに担っている罪、すなわち「霊魂の死」です。
信仰に基づくこの確信によって、教会は、自分で罪を犯したことのない幼児にさえ、
罪がゆるされるために洗礼を授けます。


冷蔵庫は便利であるがゆえに私たちはついいろいろな食べ物飲み物を詰め込んでしまいます。
ある物は奥に追いやられ、気がついたら賞味期限・消費期限がとっくに過ぎており、
腐っていたり干からびたりした状態で発見されます。
こうなると、捨ててしまうしかありませんが、
燃えるゴミの収集日までは臭わないように直前まで冷蔵庫に入れたままにしておこうと思い、
結局また忘れて冷蔵庫に入りっぱなし、ということもあります。
(これって、私だけでしょうか025.gif
本来私たちの糧となるはずのものが
人間の無知と不注意でその使命を果たせず、
場合によっては毒になってしまったのですから、
食べ物さんごめんなさい、です。

私たちが心に詰め込んだ記憶や知識や思考や感情なども
ふさわしい時と場合にふさわしい量を取り出して使わないと、
いつのまにか腐って害を及ぼしてしまいます。
有害物はさっさと取り出してイエスに処分していただきましょう。

もう一つ、やっかいなのが、冷蔵庫の機能自体に悪影響を及ぼす、
たとえば火曜日に投稿した氷の塊のようなケース。
(やっとつながりました012.gif

つまり、本来は役に立っていたラップが
私の不注意で「あってはならない」場所に置かれ、
冷気を「あってはならない」状態(氷)に変え、
野菜室の引出しの正常な開閉を妨げていたように、
心の隅に置き去りにされた記憶や感情が周囲のものを巻き込んで
心全体が不自由になってしまう、という状態です。

この場合、二つの選択肢が考えられます。

(1) 奥に物が落ちる可能性があることを忘れず、たびたび奥をのぞきこんで確認する。
    ↓
    何かが落ちていたらすぐ取り除く。冷蔵庫の機能にはほとんど悪影響を及ぼさない。

(2) 目に触れない部分なので、奥をのぞきこんで確認する習慣を身につけない。
    ↓
    何かが落ちても不都合が出るまで気づかない。
    ↓
    物によってはそれに氷が付着してどんどん大きくなる。
    ↓
    それによってさらに不必要な破損が出る。
    ↓
    やっと原因がわかったものの、
    除去し、引出しがきちんと閉まるようになるまで多大な時間と労力を要する。

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(1)の習慣、つまり良心の究明を生活の一部としていれば、
心は元気に父である神の愛に応えることができます。

イエズス会日本管区|イエズス会の霊性|祈る人への提案

が参考になります。

(2)の場合は、まず、心の健全な機能を妨げる大きな氷の塊を
ゆるしの秘跡を通してイエスの熱~い愛で溶かしていただきましょう。
そして初心に帰って聖霊に導いていただき、(1)を身につけることを学びましょう。

『カトリック教会のカテキズム』 
     第2編 キリスト教の神秘を祝う
          第2部 教会の七つの秘跡
               第2章 いやしの秘跡
                    第4項 ゆるしと和解の秘跡
                         6 悔い改めと和解の秘跡 -ゆるしの秘跡-

1448 ゆるしの秘跡の規定や祭儀は時の流れとともにいろいろと変わってきましたが、
それでも同じ基本的構造が認められます。
そこには二つの本質的要素が含まれています。
その一つは、聖霊の働きのもとに回心する人間の行為、すなわち、痛悔、告白、償いであり、
他の一つは、教会の仲介による神の行為です。
教会は司教と司祭たちを介し、
イエス・キリストのみ名によって罪のゆるしを与え、償いを定めますが、
また同時に、罪びとのために祈ったり、罪びととともに償いを果たしたりもします。
こうして、罪びとは再びいやされて、教会の交わりに迎え入れられます。

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by lumenchristi | 2009-06-18 23:45 | 主婦の神学
年間第11水曜日
第6回百日連続共同祈願ミサ 55/100日

冷蔵庫の中にできた氷の塊に罪の神秘を見たような気がした私、
今日はまず『毎日の黙想』の校正を優先させました。
残りの時間、つまり祈ったり家事をしたりしている間に思い巡らせまして、
ぼんやりと全体像が見えてきたのですが、
まずは土台固めから。

f0185902_836212.jpg   そもそも罪とは何か?
   カトリック教会の信仰生活に
   大いにたよりになる
   『カトリック教会のカテキズム』
   (2002年カトリック中央協議会発行、
   1997年ラテン語規範版の日本語訳)。
   家族の健全な心身を維持するためには
   『家庭の医学』、
   カトリック信者の健全な霊・魂・体を
   維持するためには、
   『カトリック教会のカテキズム』です。
   この2冊、厚みなど外見も似ています。
   この信仰版『家庭の医学』を
   出発点にすると、聖書を読む、
   教会の公文書や聖人方の著作を読む、
   司祭や霊的指導者に相談する、
                                など次のステップが分かりやすくなります。

(使い勝手に関して欲を言えば、各節の欄外に参照節の番号が書いてあるものの、
英語版のように後ろに総索引をつけてほしかった。別冊で刊行されたら絶対購入します。)

『カトリック教会のカテキズム』は、第1編 信仰宣言
                     第2編 キリスト教の神秘を祝う
                     第3編 キリストと一致して生きる の3編に分かれています。

罪については、もちろん信仰宣言においても
秘跡(とくにゆるしの秘跡)においても触れられていますが、
ここでは第3編第1部第1章第8項を参照します。

第3編 キリストと一致して生きる 
     第1部 人間の召命、霊における生活
          第1章 人格の尊厳
               (第7項 徳)                
                第8項 罪 (1846-1876)
                    1 あわれみと罪
                    2 罪の定義
                    3 罪の種類
                    4 罪の重さ、大罪と小罪
                    5 罪の蔓延
                         要約・注

要約
1870 「神はすべての人を不従順の状態に閉じ込められましたが、
     それは、すべての人をあわれむためだったのです」(ローマ11・32)。

1871 罪とは、「永遠の法に背くことばや行い、あるいは望み」です。
     神に対する侮辱です。
     キリストの従順とは反対に、不従順によって神に逆らい、高慢になることです。

1872 罪は理性に反する行為であり、人間の本性を傷つけ、その連帯を損ないます。

1873 すべての罪の根は人間の心の中にあります。
     罪の種類や軽重は、おもにその対象に基づいて定められます。

1874 神のおきてや人間の究極目的に甚だしく背くことがらを意図的に、
     すなわち、知りながら自由意志をもって選べば、大罪を犯します。
     大罪は、それなしには永遠の至福がありえない愛をわたしたちの中で破壊します。
     悔い改めないならば、永遠の死を招きます。

1875 小罪は倫理的逸脱ですが、
     わたしたちのうちにある愛を破壊するものではありません。
     したがって、その愛によって償うことができるものです。

1876 たとえ小罪であっても、繰り返して犯すならば悪徳を身につけることになります。
     その悪徳の中には、罪源と呼ばれる特殊なものがあります。    
     [罪源とは、高慢、物欲、ねたみ、憤怒、貪欲、色欲、怠惰の七つです。(1866より)] 

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by lumenchristi | 2009-06-17 23:45 | 主婦の神学

「氷の塊」のたとえ

年間第11火曜日
第6回百日連続共同祈願ミサ 54/100日


最近冷蔵庫の野菜室がきっちり閉まらないので、
何か奥に落ちたのかもと引出しを外してみたところ、びっくり!005.gif

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奥にミニ氷山と呼びたくなるような氷の塊ができていました。
幅15cm、高さ10cm、奥行は一番厚い底の方で5cm。
よく見ると、ラップ・フィルムの細長い切れ端のようなものがその氷の中に閉じ込められています。
野菜のパッケージの一部が何かの拍子に奥に落ちてしまい、
それに空気中の水分が付着して氷になり、どんどん大きくなってしまったのでしょう。
平らな板に乗っているだけならまだしも、
冷気の吹き出し口の格子の中にまで食い込んでいて、
フライ返しではがそうとしたり、ドライバーで砕いてみようとしましたが、まったく歯が立ちません。
下手に力を加えると、冷蔵庫本体まで破損してしまいそうです。

考えた末、ヘアドライヤーを使うことにしました。
温風をかけ、流れ出る水をふきんで吸い取りながら15分、
氷の塊はあとかたもなく消滅しました。
ただ、その氷の塊の存在を知らずにガンガン引出しを閉めていたので、
奥の壁が圧迫されて、少しへこんでいました。008.gif
ついでに泥や野菜くずがたまっていた引出しも洗ってきれいさっぱり。

うーん、これって、罪の現実と似ているかも。
一晩寝かせて、どこが似ているか、
私なりにまとめて
明日お伝えします。034.gif

*~*~*~*~*~*~*

ご参考までに。

旧約聖書で最初に「罪」(ヘブライ語で「ハッター」)という言葉が登場するのは、
創世記4・6-7(以下すべて新共同訳聖書)。

主はカインに言われた。
「どうして怒るのか。どうして顔を伏せるのか。
もしお前が正しいのなら、顔を上げられるはずではないか。
正しくないなら、罪は戸口で待ち伏せており、お前を求める。
お前はそれを支配せねばならない。」


四福音書で最初に「罪」(ギリシア語で「ハマルティア」)という言葉が登場するのは、

[主の天使がヨセフの夢に現れて言った。]
「マリアは男の子を産む。その子をイエスを名付けなさい。
この子は自分の民を罪から救うからである。」
(マタイ1・21)

洗礼者ヨハネが荒れ野に現れて、罪の赦しを得させるために
悔い改めの洗礼〔バプテスマ〕を宣べ伝えた。
(マルコ1・4)

[父ザカリアは聖霊に満たされ、こう預言した。]
「幼子よ、お前はいと高き方の預言者と呼ばれる。
主に先立って行き、その道を整え、
主の民に罪の赦しによる救いを知らせるからである。」
(ルカ1・76-77)

その翌日、ヨハネは、自分の方へイエスが来られるのを見て言った。
「見よ、世の罪を取り除く神の小羊だ。」
(ヨハネ1・29)


新約聖書の他の書物に登場する回数は、以下のとおりです。
自分でコンコルダンスを見て数えたので、間違っていたらごめんなさい。

使徒言行録 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 8回
ローマの信徒への手紙 ・・・・・・・・ 41回
コリントの信徒への手紙一 ・・・・・・ 3回
コリントの信徒への手紙二 ・・・・・・ 1回
ガラテヤの信徒への手紙 ・・・・・・・ 3回
エフェソの信徒への手紙 ・・・・・・・・ 1回
コロサイの信徒への手紙 ・・・・・・・・ 0回
テサロニケの信徒への手紙一 ・・・・ 1回
テサロニケの信徒への手紙二 ・・・・ 1回
テモテへの手紙一 ・・・・・・・・・・・・・・ 2回
テモテへの手紙二 ・・・・・・・・・・・・・・ 1回
テトスへの手紙 ・・・・・・・・・・・・・・・・・ 0回
フィレモンへの手紙 ・・・・・・・・・・・・・・ 0回
ヘブライ人への手紙 ・・・・・・・・・・・・・ 25回
ヤコブの手紙 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 5回
ペトロの手紙一 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 5回
ペトロの手紙二 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 2回
ヨハネの手紙一 ・・・・・・・・・・・・・・・・・ 14回
ヨハネの手紙二 ・・・・・・・・・・・・・・・・・ 0回
ヨハネの手紙三 ・・・・・・・・・・・・・・・・・ 0回
ヨハネの黙示録 ・・・・・・・・・・・・・・・・・ 3回
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by lumenchristi | 2009-06-16 23:30 | 主婦の神学