***輝け主の栄光***Shine, Jesus, Shine


by lumenchristi
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カテゴリ:今日の出会い( 19 )

燃える想い

聖アウグスチヌス司教教会博士 記念日


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8月9日に聖ドミニコについて思い巡らした時も同じように感じましたが、
今日の聖アウグスチヌス(354年~430年)も、
司教・教会博士という重責と権威を伴う使命を後半生で果たす原動力となったのは、
根源的な自己像、Beloved of the Lord (主に愛されている者)を見出したことでしょう。
33歳で大転換を体験するまでのBC(まさにBefore Christ, キリスト紀元前)時代の詳細は
昨日も紹介した名著『告白』に記されています。

『告白』の第10巻27章はアウグスチヌスが神に向かって歌った「愛の詩」です。
実際にアウグスチヌスが作曲したかどうかは分かりませんが、
「歌う者は二倍の祈りをするのです」(『詩編講解』72、1参照、と
注付きで『カトリック教会のカテキズム』1156に引用されています)と言った彼なら
きっとこの詩を口ずさんだに違いありません。

この詩にFranciscan University of Steubenville の卒業生、Martin Domanが美しい旋律をつけて歌にしました。(サビの部分は第1巻第1章から取られています。これも有名な箇所ですね。)
Martinは昨年の10月2日付で紹介した作家のRegina Domanの弟で、
もう一人のお姉さん、Alicia Hernonも賛美の歌のCDを出しています。
この二人のお姉さんもFUSの卒業生です。
Doman家は10人兄弟なのですよ。

私はこの歌を聞くと聖霊酔いします069.gif
もうCDは販売されていませんが、上記の公式ウェブサイトからダウンロードできるようです。
日本語に訳してみました。原詩はこちらからどうぞ。→Song Of Augustine


アウグスチヌスの歌                            作詞作曲 Martin Doman

こんなにも古く、でもこんなにも新しい美よ、
遅すぎた、あなたを知るのが。遅すぎた、あなたを愛するのが。

私はあなたの憐みを必要としてここに立っています。
あなたの内に私を新たにしてください。私の魂を満たしてください。
私はあなたを求めます、私の魂はあなたに飢え渇いています。


ああ神よ、あなたは私を創られた、
あなたの愛の内に永遠に生きるために。
だから私の心はあなたの内に憩うまで安らぎを得ることがないのです。

あなたはいつも私のそばにおられたのに、私はあなたから遠く離れていました。
あなたは私に向かって手を差し伸べておられたのに、私は背を向けていました。
私が手を伸ばしたのは創造主ではなく被造物、
あなたの手によって造られた美しいものでした。
でもこれらの陰さえあなたの愛は打ち破って現れたのです。

*くりかえし

あなたは大声で叫び、私のふさがった耳を貫かれた。
あなたは赤々と燃えて、私の盲目を追い払われた。
あなたは香り立つ息を私に吹きかけられた。
今でも私はあなたを慕い求める。
あなたは私に触れ、あなたの平和を求めて私は燃えたのです。

*くりかえし


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by lumenchristi | 2009-08-28 11:58 | 今日の出会い

聖人親子

聖モニカ 記念日


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2000年前はヨアキム&アンナとマリア、マリア&ヨセフとイエス、ザカリア&エリサベトとヨハネ、
100年ちょっと前にはルイ&ゼリー・マルタン(昨年列福)とテレジア、
そして1600年前にモニカとアウグスチヌス。
血において親子(ヨセフは世界一の養父として)、霊において兄弟姉妹の堅固で甘美な家族です。

モニカに対する崇敬は13世紀に広がり、5月4日が記念日だったそうです。
(New Advent Catholic Encyclopediaより)
いつこの記念日が移動したのか調べていませんが、
息子の帰天日(=記念日)の前日にお母さんのモニカの記念日を持ってくるなんて、
教会も粋な計らいをしたものです。

25年前に買ったアウグスチヌスの『告白』
(中央公論社刊世界の名著16〔最新版は14〕山田晶責任編集)。
ページの紙はすっかり赤茶けてしまいましたが、内容は少しも新鮮味と感動を失いません。
第9巻の8章から13章まで母モニカについて、
「それにしても、あのあなたの婢女〔しもめ〕について心にうかんでくることだけは、
省略するわけにゆきません」とことわって記しています。
10章~12章から、私の心に残る部分を(残念ながらところどころ省略しながら)紹介します。

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さて、この世から母の去るべき日が迫っていたころ、(……)
私たちは二人だけで、ほんとうに楽しく語りあいました。
そして過去を忘れ、未来にむかって思いをはせながら、
真理なるあなたご自身のまします御前において、
聖者たちが未来においてうける永遠の生命とはどのようなものであろうかと、
たずねあっていました。(……)
話しあいながらこの世界が、すべての快楽とともにむなしいものに思われてきたそのとき、
母はいいました。

「わが子よ、私はといえば、この世の中にもう自分を喜ばせるものは何もない。(……)
この世にまだしばらく生きていたいとのぞんでいた一つのことがありました。
それは死ぬ前に、カトリックのキリスト信者になったおまえをみたいということだった。
神さまはこの願いを十分にかなえてくださった。おまえが地上の幸福をすてて、
神様のしもべとなったすがたまで私は見たのだもの。
もうこの世の中で何をすることがありましょう。」(……)

これにたいし何と答えたか、はっきりおぼえていません。
とにかくそれから五日たつかたたないうちに、母は熱を出して床についてしまいました。(……)
また後になって聞いたところによると、すでにオスティアに来てから、ある日私が不在のとき、
母は私の友人のある者たちと、この世のむなさしさ、死の善きことなどについて
母親らしい確信をもって語りあい、彼らがこの女性の勇気―あなたがそれを与えた―に驚いて、
故国からそんなに遠くはなれたところに身体をのこすのはこわくないかとたずねると、
「神さまからは遠くありません。世の終わりに神さまが、どこからよみがえらせたらよいか
ご存じないとこまるなど心配する必要はありませんよ」と答えたそうです。

このようにして、病んで九日目、母の五十六歳、私の三十三歳のとき、
その信仰深い敬虔な魂は、身体からときはなたれたのでした。

私は母の目を閉じてやりました。
すると胸さきに大きなかなしみがこみあげてきて、涙となってあふれだしました。
けれども私の目はただちに精神のきびしい命令をうけ、涙のみなもとを吸いあげ、
ついにかわかしてしまいました。しかしこの努力はじつにつらかった。(……)

それは、母の弔いを悲嘆や涙やためいきのうちにとりおこなうのはふさわしくない、と
かんがえたからです。というのは、多くの場合人々は、
亡くなった人が何かみじめであるかのように、
あるいは、まったく消滅してしまったかのように涙を流しためいきをついて嘆くのが常ですが、
母はみじめに死んだのではなく、完全に死んでしまったのでもありません。
このことを私たちは、母の日ごろの生活の実証と、いつわりのない信仰と、
確実な理由にもとづいて、確信していたのです。

では、心にひどい苦痛をおこさせたものは何であったのでしょうか。
それは、母といっしょに生活するというきわめて甘美で親愛な習慣から、
突然ひきさかれたために生じた新しい傷口にほかなりませんでした。
じっさい私は、最後の病気のとき、看護につとめる私をやさしくいたわって、孝行息子と呼び、
私の口から心を傷つけるひどいことばが投げかけられるのを一度も聞いたことがないと、
大きな愛情をこめて語った母の証言を、うれしくありがたく聞いていたのです。

しかし、私たちを造りたもう神よ。こんなことが何でしょう。
私が母に対して示した尊敬と、母が私につくしてくれた奉仕と、くらべものになったでしょうか。
それゆえ私は、このように大きな母のなぐさめを失ったのですから、魂は傷つけられ、
私の生と母の生とからできていた一つの生は、
いわばずたずたにひきさかれてしまったのでした。(……)

私はそれまで抑えていた涙をはなち、あふれたいだけあふれるにまかせ、
涙をもって心の床としました。そして心は涙のうちに安らぎを得ましたが、
それは、私の悲嘆を傲慢なしかたで解釈しようとする人間の耳ではなく、
あなたの耳がそこにあって嘆きを聞いてくださったからです。
 
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by lumenchristi | 2009-08-27 23:46 | 今日の出会い

幼子のように


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帰省した折、介護老人保健施設に入所中の祖母を訪ねました。
農家の娘として生まれ、農家の嫁として生き、
祖父の戦死後女手一つで3人の子を育てました。
現在孫6人、ひ孫も6人。
御年96歳。耳は遠い、目はかすむ、けれど元気です。
明るい陽射しが差し込む清潔なホールの壁には、
ちぎり絵や折り紙細工の作品が飾ってあります。
昨夏初めて訪れたときも感じましたが、なんだか幼稚園みたい。
本物の幼稚園児のようにキャッキャと笑ったり走りまわることはありませんが
入所者のお年寄りは人生の波にさらされてさっぱりとしたお顔で
職員の皆さんに支えられて食事をし、入浴し、簡単な運動や手仕事をします。
入浴の介護を終えた3人の若い女性職員を見ました。
タオルを首にかけ、Tシャツの袖とショートパンツの裾をまくりあげて
元気よく浴室から出てきた姿は、
園児と一緒にプール遊びをし終わった幼稚園の先生のように見えました。
もちろんそれぞれに責任の重い仕事ではあるのですが。

祖母もいろいろ作品を仕上げていて、最新作を一つもらってきました。
発泡スチロールのボールに硬いプラスチックのネットがかかっていて
網目一つ一つにアクリルビーズを通した待ち針を挿してあります。
祖母は無心でこのリハビリ手芸をしたのかもしれませんが、
私には一つひとつのビーズが100年近い人生で祖母が体験した
喜びや楽しみや怒りや悲しみに思えてきます。
敬虔な仏教徒のゆえに私の信仰も理解してくれるおばあちゃんに
「父と子と聖霊の御名によって私はあなたを祝福します!」と
命の輝きを放つキラキラボールを見るたびに
遠くから祝福を送る孫娘です。

はっきり言っておく。
わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、
わたしにしてくれたことなのである。

(マタイによる福音書25・40、新共同訳聖書)

                                                (8月22日 記)
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by lumenchristi | 2009-08-17 12:00 | 今日の出会い

音の箱舟

年間第19水曜日f0185902_23361970.jpg

8月7日にお知らせした
パイプオルガン・コンサートに行ってきました。
川口リリアへは10年ほど前、
超教派の聖会の会場だったメインホールに
入ったことはあるのですが、
4階の音楽ホールに入るのは初めてです。
扉を開けて舞台の方を見ると、
ありました、パイプオルガンが。
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まるで箱船のような、一軒家のような、
楽器というよりは建造物のように見えます。

第一部は小品集。
14人のオルガニストが教会ではおなじみのメロディーを演奏しました。
身びいきで、教会学校で一緒だった4人の女の子(小2~中3)には拍手拍手拍手。

第2部はより聞きごたえのある楽曲を5人のオルガニストが演奏しました。
圧巻は、とりを務めたhildyさんの「マキシミリアン・コルベ神父に捧げる墓碑」(V.ブロイティガム)。
コルベ神父のPassion=受難=情熱があの狂気の時代を切り裂いて
天国を垣間見せてくれたような深く広く激しく優しい響きに包まれながら
1991年に訪れたアウシュビッツの飢餓室を思い出していました。

全身全霊で演奏するhildyさんはアーティストというよりアスリート。
あの1曲で2kgは痩せたのでは?と思わせるほどの熱烈演奏でした。

彼女が一番最後に演奏したのは、グノーの「アベ・マリア」。
キリストのように友のために命を捨てたコルベ神父がたどりついた天国の香りを思わせました。

ガビィさん、Lizaさんにも会えて、楽しい午後のひと時でした。
ブログを読んで私が来ることを知っていたというA子さん、
クッキーおいしかった! ごちそうさまでした。
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by lumenchristi | 2009-08-12 23:51 | 今日の出会い

アシジの珠玉

2009年8月11日(火)
聖クララおとめ 記念日

このブログに毎日記事を投稿する必要はないと思いつつも、
自分にとって身近な信仰の大先輩である聖人の方々の記念日・祝日となると、
つい書かずにはいられません。

今日は、アシジの珠玉(私が勝手に命名)、
聖クララ(1194年7月16日-1253年8月11日、イタリア語では「キアラ」)の記念日。

ルフス神父は『主は今生きておられる(Jesus Today)』の第一章で、
イエス本人に直接出会うまでいくつか段階があった、
最初は子供の頃に見た御絵や御像のイエス、
次は中高校の教科書に登場した奇跡を行うイエス、
三番目は歴史上実在したイエス、
四番目は偉大な教師イエス、
最後に、イエス「について」知るだけではなく、
今生きておられ、愛され愛する交わりを持つことのできる本物のイエス「を」知った、
と書いておられます。

私も聖クララについてはそのような段階がありました。

最初は、フランコ・ゼフィレリ監督の映画、「ブラザーサン、シスタームーン」(1972)で
当時18歳の愛らしい女優さん、ジュディ・バウカーが演じたクララ。
18歳でキリストのためだけに生きることを選んだクララの
「おとめの純情」は確かに伝わっていたと思います。

次は、1985年と1991年に訪れたアシジで肌で感じたクララの軌跡。
中世から何も変わっていないかのようなアシジの町、
とくに町の外れにたたずむサン・ダミアノ聖堂と
町のど真ん中にあり、クララの遺体が安置してある聖クララ大聖堂。
ここで18歳の頃だけではなく、クララの全生涯を感じとることができました。

最後に、しばらくご無沙汰しているものの、
私が「今生きているクララ」として知っているのが、
桐生市の聖クララ修道院のシスター方。
なんでしょう、あの沈黙のお皿に大盛りにされた賛美と喜びは。
貧しさを通してはじける豊かさは。
最近はホームページもあり、さすがテレビの守護聖人、クララの娘たちです。
(病に伏してミサに与れなかったクララが自室の壁に映し出されるミサを音声つきで見た
という逸話から、1958年に教皇ピオ12世がそのように指名しました。)
ただしインターネットがないので連絡は手紙、電話、FAXで、とあります。

貧しいクララ会の修道女とその天使たちの生活

このクララ会のような観想修道会は、キリストの体において、
「沈黙の臓器」と言われ、体の奥深くで代謝、排出、解毒、体液の恒常性の維持に貢献している
肝臓のような使命があるのではと思います。
そういえば、クララ会の修道服は肝臓の色(失礼)!?
一般信徒は体の表面にある手足や顔や背中など、さまざまな部分かな。

このキリストのおかげで、「体」全体は、
必要なものをもたらすあらゆる互いの触れ合いを通じて、
また、各部分の役割に従った働きに応じて一つに組み合わされ、
結び合わされて大きく成長し、愛に基づいて自分を築き上げていくのです。
                         (エフェソの信徒への手紙4・16、フランシスコ会訳聖書)

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by lumenchristi | 2009-08-11 22:55 | 今日の出会い

聖人が聖人を語るとき

2009年8月10日(月)
聖ラウレンチオ助祭殉教者 祝日

258年、ローマ皇帝バレリアヌスはキリスト教禁教令を発令し、
司教、司祭、助祭を直ちに処刑するよう元老院に命じました。
教皇シスト2世と4人の助祭は8月6日に処刑。
ラウレンチオはその4日後、8月10日に処刑。
他にも多数の信徒が処刑され、その財産は国に没収されました。
以上の記録を書簡として残したカルタゴの司教チプリアノも1カ月後の9月14日に処刑されました。

ラウレンチオの殉教で多くの人と同様に私も忘れられないのは、
ローマ総督に教会の財産を引き渡せと命じられたラウレンチオが
信者の病人や体の不自由な者たちや貧しい人々を集めて、
「この人たちが教会の宝です」と宣言したことと、
怒った総督がラウレンチオを大きな鉄格子の上に乗せてじわじわ焼き殺したことです。
昔読んだ池田敏雄神父著の「教会の聖人たち」には、
ラウレンチオは最後までユーモアを忘れず、
「こちらがわは十分焼けたから、ひっくり返してください」と処刑人に言ったという伝承が
紹介されていたと記憶していますが、今手元に実物がないので確認できません。

教会の財産・文書を管理する仕事を任されていたラウレンチオは、
ゆえに図書館員・古文書管理者の保護聖人であり、
その殉教手段ゆえに火傷・火災・熱病から守ってくれる保護者というのは納得できるとして、
菓子製造人、料理人の保護聖人というのは私にはブラックユーモアに聞こえるのですが・・・。


聖アウグスチヌス司教(354年~430年)の説教
      (『毎日の読書』第6巻pp.184-186, 8月10日の第二朗読)

ローマ教会は、きょう聖ラウレンチオの勝利の日を祝うよう、わたしたちに勧めています。
この日に、彼は怒り狂った世を踏みにじり、世の誘惑を拒み、
こうして自分を攻撃した悪魔に打ち勝ったのです。
皆さんがご存じのとおり、ラウレンチオはローマ教会の助祭でした。
その教会で、キリストの御血を人々に授けていました。
使徒聖ヨハネは、主の晩餐の秘儀をはっきり説明して、
「キリストは、わたしたちのために、いのちを捨ててくださいました。
だから、わたしたちも兄弟のために命を捨てるべきです」(一ヨハ3・16)と言っています。
兄弟の皆さん、聖ラウレンチオはこのことをよく理解し、また実行しました。
彼は、主の食卓で受けたものと同じものをささげるように、心を整えました。
生きている間にキリストを愛し、自分の死によってキリストにならいました。

(……)

兄弟の皆さん、主の庭においては、殉教者たちのばらのほかに、
童貞たちのしらゆり、配偶者たちの木蔦(きづた)、やもめたちのすみれも咲いています。
愛する皆さん、どんな身分の人も自分の召し出しについて失望してはなりません。
キリストはすべての人のために苦しみを受けられたのです。
まことに、キリストについて、
「すべての人々が救われて真理を知るようになることを望んでおられます」
(一テモ2・4)と書かれています。

たとえキリスト者が自分の血を流し、殉教の苦しみを受けることがなくても、
別の意味で、どのようにキリストに従うべきかを、よく理解するようにしましょう。
使徒パウロは、主・キリストについて次のように語っています。
「彼は神の姿であって、神と等しいものであることを不当な身分と思わなかったのです」
(フィリ2・6)。なんという高みでしょう。
「しかし、自分を無にして、しもべの姿になり、人間と同じ者になり、人間の姿で現れました」
(フィリ2・7)。なんという、へりくだりでしょう。

キリストはご自分を低くなさいました。キリスト者よ、これこそあなたの取るべき道なのです。

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by lumenchristi | 2009-08-10 18:11 | 今日の出会い

天国のコンビニ

年間第17月曜日
第6回百日連続共同祈願ミサ 95/100日

f0185902_113557.jpg   コンビニ店内雑誌売り場、
   いつもきまって入口から一番奥の方に置いてある「成人向け雑誌」。
   遠くから数えてみたら20種類ありました。

   コンビニI♡AM[アイ♡エーエム]では、
  「聖人向け雑誌」を多数取り揃えて、
  皆様のお越しをお待ちしております。
  しかも、無料です!
             
                              店主 イエス・キリスト

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by lumenchristi | 2009-07-27 23:00 | 今日の出会い

ただいま修業中

年間第14土曜日+第15主日+第15月曜日
第6回百日連続共同祈願ミサ 79・80・81/100日

7月5日に「ある資格取得のためのセミナー」を受講した、と書きましたが、
この3日間も松香フォニックス研究所(MPI)で
J-SHINE(小学校英語指導者認定協議会)資格取得コースに出席しました。
全6日間の日程は変則的で今回は3日間連続、あと16日と23日で修了です。
1日は午前4時間と午後4時間、それぞれ講義と実習があります。

さきほど電話をかけてきてくれた高校の同級生で
永世アマ名人講談師の久子ちゃん(5月1日付で紹介)がこのブログのことを、
「よう毎日ネタあるねえ、感心するわ~」(お国言葉のイントネーションを伝えられず残念)
とほめて(?)くれたのですが、
この3日間はさすがにそうする時間も体力も気力も使い果たしてできませんでした。

大変は大変ですが、
所長の松香洋子先生をはじめ、
現場で活躍中の使命感と熱意とユーモアにあふれる講師陣から理論と実践を学び、
さまざまなバックグラウンドを持つ受講生の皆さんとも親しくなり、
楽しく充実したひと時です。
師の使命と熱意を引き継ぐDISCIPLESHIP(弟子の修業)って
こういうことなのかも、と感じています。
イエスの弟子としての生き方を見直すよい刺激になっています。
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by lumenchristi | 2009-07-13 23:56 | 今日の出会い

マリア様の涙

年間第14水曜日
第6回百日連続共同祈願ミサ 76/100日

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5月に転出した小教区の地区集会、特別ゲスト(?)として今でも参加させていただいています。
今日は水曜日なので伝統に従って「栄えの神秘」。
神父様は、とくに中国の民族対立に和解がもたらされるように祈りましょう、と意向を出されました。
私も、病気のあの人この人、天使祝詞の言葉通り「死を迎える時」にあるあの人、
なかなか心が通じないこの人、と何人も霊的に同席してもらって、祈り開始。

今日は「栄えの第三の神秘」にも登場しますが、
一人ではなくて共同体でロザリオを祈ると、
あ、そうか、これは聖霊降臨前に使徒たちが皆、エルサレムの高間で、
「婦人たちやイエスの母マリア、またイエスの兄弟たちと心を合わせて熱心に祈っていた」
(使徒言行録1・14、新共同訳聖書)
と同じなんだなと思い出させてくれます。
ということは、
ロザリオの祈りの後にはいつも何らかの形で新たな聖霊降臨があるに違いない!067.gif
というのが、今日の発見でした。

今日も使ったこのロザリオは、1991年夏にヨーロッパを巡礼(放浪)中、
ポーランドのニエポカラノフ(無原罪の園)を一人で訪問・宿泊した際、
お世話をしてくださった英語の話せる修道士さんからいただいたもの。
日本語では「数珠玉」と呼ばれる草の実、ロザリオにぴったりの珠ですが、
修道士さんは、「この実はポーランド語では『マリア様の涙』と呼ぶのですよ」と教えてくださった。

帰国後『毎日の黙想』を通して、
コルベ神父が創立された聖母の騎士社と共に神の国を証しするようになったのも、まさに摂理023.gif
このロザリオ入れとして使っているのは、
友人のお母様が近所のお地蔵さんの着せ替え衣装を手作りするグループにおられ、
その際出る端切れで作られたという小銭入れ。
コルベ神父が日本に残してくれた修道士、ゼノさんが、
アニメ映画「ゼノ・かぎりなき愛に」を見る限り、
お寺の住職さんと協力して貧しい人々、とくに子供たちのために奔走したことを
私に思い出させてくれます。

喜びの神秘、光の神秘、苦しみの神秘、栄えの神秘、と
それぞれの現実で様々な思いで流されたであろうマリア様の涙をこのミニ草履に納めて
マリアの子の旅はまだまだ続く(6月23日はナルト風、今日はポケモン風エンディング!?)

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by lumenchristi | 2009-07-08 23:50 | 今日の出会い

恵葉書(えはがき)

年間第14火曜日
第6回百日連続共同祈願ミサ 75/100日

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第14回聖霊による刷新関西大会まであと25日。
私の宿題は講師ルフス神父の小冊子を日本語に訳すこと。
奉仕委員会の方たちが忍耐強く待っていてくださる中、
「今週中に完成させます!」と約束し、
肩こり首こり指こり(?)をなだめながら
寸暇を惜しんでパソコンの前に座る。
この状況って、学生時代の頃から変わらないなあ008.gif
いや家事は二の次三の次で家族に迷惑をかけている分だけよけいひどい、
と情けなく思っていたら、
私が「お母さん」と敬慕する信仰の大先輩Iさんから絵葉書が届いた。
一昨日の5日、主日のミサで
かつて私もお世話になった所属教会の主任司祭が説教中に
『毎日の黙想』7月号通信欄に引用された「ひびの入った壺と完全な壺」(5月14日付)を
朗読されたのだそうだ。
自分の今あるがままの状態を受け入れ、
私に励ましの言葉を送ってくださったIさん。
そうでした、私もひびの入った壺でした。
漏れ出る水がどこでお役に立っているかは
担ぎ手にお任せするとして、
私は喜んで担ぎ手イエスの肩からぶら下がっていることにします。
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by lumenchristi | 2009-07-07 23:48 | 今日の出会い