***輝け主の栄光***Shine, Jesus, Shine


by lumenchristi
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マリア様のおんぶ

主の変容 祝日
第10回百日連続共同祈願 83/100

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幼子は神と人(ことに両親)に愛されて知恵が増し、背丈も伸び(ルカ2・52参照)、
たくましい青年に成長し、神の救いの御業を現していきます。
人の思いをはるかに超える人類の救いの御業に向かってエルサレムに進むイエスは
映画の予告編のように栄光に輝く姿を使徒のペトロとヤコブとヨハネに示されます。
その栄光に到達する苦しみと辱めの道のりを弟子たちはまだ知りません。

ローマ教会では10世紀ごろにはほとんどの教区で8月6日に祝われていたという
この主の変容の祝日、午前8時15分。
特別な瞬間として広島市への原子爆弾投下の犠牲者の方々と世界平和のために祈ります。

黙想会2日目。
♪サンタ・マリ~ア、サンタ・マリ~ア、サンタ・マリ~ア、サンタ・マリ~ア、
あなたはわたしのママだから、わたしはとても幸せ……♪

と軽やかな歌を歌っていたら、
突然自分が乳児になってマリア様におんぶされている
温かな感触と心地よい揺られ状態が心の中に広がりました。

実際に自分の母親におんぶされていた時の記憶はもちろんないものの
おんぶされている写真は残っているし、
4歳の頃生れた弟をおんぶしている写真も残っているし(その時の顔は実に誇らしげ)、
娘をおんぶして家事をしたり外出したりした記憶はまだ新しいところ。
「あのぷくぷくほっぺをお母さんの背中に押しつけて、
あ~って笑うとよだれがお母さんの服にべっとりついて……」
と夫はいまだに言って中学生の娘にいやな顔をされています(笑)。

だから、

♪あなたの瞳でイエスを見て~♪
(歌集を持ち帰らなかったので歌詞をうろ覚え、どなたか訂正してくださいね)
と歌うと、
おんぶしてくれている若きマリア母さんの肩越しに
少年イエス兄ちゃんがいて、
イエスはマリア様と赤ん坊の私を見上げる、
マリア様と私はイエスを見降ろす、
という絵図が浮かびます。
イエス兄ちゃんだって、
私が4歳の姉として生後数か月の弟をおんぶしたように
小さな私をおんぶしてしてくれる……。
なんだか初めから聖家族の一員だったような安心感に満たされるのです。

でもイエスの生きたあの時代、あの地域におんぶの習慣はあったのか?
おんぶはアフリカ、アジア、南北米大陸原住民の間で広く行き渡っている
子育て習慣と聞きました。
アフリカのとある場所で原住民のお母さんたちが布一枚で子供をおんぶしているのを
つい最近テレビ番組で観たばかりです。
日本のように背負うというよりも腰骨に乗っけるという感じでしたが。
古代イスラエルではどうだったのでしょうか?

この黙想の家の聖母子像のように、
マリア様と幼子イエス様が描かれる場合、
たいていマリアはイエスを抱っこもしくは前面に掲げて
救い主を世に示しています。
「上智の座」とも称される聖母マリアのこと、
上智であるキリストの後ろに控えるのは当然ではあるのですが。

若き母マリアは乳児のイエスを実際におんぶしたのでしょうか?
知っている人がいたら、教えてくださ~い!
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by lumenchristi | 2010-08-06 23:53