***輝け主の栄光***Shine, Jesus, Shine


by lumenchristi
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パウロはテント造り職人

復活節第6木曜日 (40/50日) 
第6回百日連続共同祈願ミサ 28/100日

「毎日のミサの友」(ドン・ボスコ社・サンパウロ共同企画発行、
我が家では「ミサ友」と呼んでおります)では、

主の昇天は、復活後四十日目に祝うが、日本では昇天の祭日が守るべき祭日でないため、
「典礼暦年と典礼暦に関する一般原則」7口に基づき、復活節第7主日に移して祝う。


とあります。米国でも今日ではなく今度の日曜日に「主の昇天」を祝う教会が増えているようで、
『毎日の黙想』もそのような典礼暦に従って聖書の御言葉が選ばれています。

というわけで、第一朗読では「使徒たちの宣教」(使徒言行録)がどんどん進み、
パウロはバルナバ・マルコ組と袂を分かってシラスと第二次宣教旅行中。
デルベ、リストラ、イコニオンを訪問し、テモテを同行者に加え、
一昨日の朗読ではフィリピであの「監獄ロック」から釈放され、
テサロニケでまた暴動が起きるほど反感を買い、
ベレアまで反対者が押しかけて来て群衆を扇動し、
昨日の朗読ではシラスとテモテより一足先にアテネに逃げ、
町の評議所、アレオパゴスで福音を説き、
今日はコリントにいます。

ここで同業者のアキラ・プリスキラ夫妻に出会い、

彼らの家に住み込んで、一緒に仕事をした。
その職業はテント造りであった。(使徒言行録18・3、新共同訳聖書)


と初めてパウロの職業が明かされます。
教皇ベネディクト十六世の147回目の一般謁見演説(2008年8月27日)ではこう説明されています。

パウロはおそらく父親から、手仕事も学びました。
それは「テント造り(スケーノポイオス)」(使徒言行録18・3参照)という職業でした。
これは多分、山羊の毛または亜麻糸からマットまたはテントを造る職人を意味しました
(使徒言行録20・33-35参照)。
12-13年、ユダヤ人の少年が「バール・ミツヴァ(掟の子)」となる年に、パウロはタルソスを離れ、
エルサレムに行って、長老ラビ・ガマリエルのもとで学びました。
長老ラビ・ガマリエルは大ラビ・ヒレルの甥です。
そして、ファリサイ派のもっとも厳格な規律に従い、
モーセの律法への強い熱意をもつようになりました
(ガラテヤ1・14、フィリピ3・5-6、使徒言行録22・3、23・6、26・5参照)。


第一回宣教旅行で訪れたリストラで神々の一人ヘルメスと間違われたほど
頭脳明晰で弁の立つパウロが、
一方で自分の生活費を捻出するために針と糸を手に(たぶん)テントを造っていたなんて、
何とも健気(けなげ)です。

パウロが造っていたテントはこのサイトに掲載されているようなものだったのでしょう。
ずいぶん大きいです。⇒http://www.ancient-hebrew.org/33_tent.html

このパウロのライフスタイルに倣い、今日でも、
「非宗教的な場所で働きながら自分自身をサポートし、
その仕事において、また仕事外の時間に海外での宣教をする宣教を動機としたクリス チャン」
のことを、テントメーカー(Tentmaker)と言います。

ついでに、
運動会用テントを「パウロテント」と呼ぶことも発見しました。
このパウロの故事に由来するのでしょうか?
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by lumenchristi | 2009-05-21 23:28 | 今日のみことば